大ピンチ
あれほど驚いたのは久しぶりだった。
学校が終わり、いつものように寮に帰ってきたときだった。
「・・・・なっ!?」
ラウンジのソファのあたりに、なんとペルソナがいた。
他には誰もいない。コロマルだけが、少し離れたところで威嚇していた。
もちろんそのこと自体にも驚いたのだが、そのペルソナの形にも、だ。
・・・こんなペルソナが存在していていいものなのか?思わず顔をそむけた。
それにしても。SEESの誰のペルソナでもない。ということはつまり、だ。
つかつかと進み、ソファをのぞいた。案の定、馨が制服姿のまま横になって眠っていた。
まっっったく無防備なやつめ。太ももを少しは隠せ!スカートなんだから。
かわいい寝顔しやがって、これじゃあ誰かに襲われても文句は言えないんだぞ!
馨の頭上のペルソナをできるだけ直視しないようにして、彼女の肩をゆすった。
「おい、起きろ馨!」
「んん〜」
馨はまったく起きない。
かわりに頭上から低く濁った声が聞こえてきた。
「小僧、やめろ」
しゃ、しゃべった。まあそれなら話が早い。
「我はマーラ」
「・・・どうして勝手に出てきた」
「我が主の寝顔が愛くるしくて、気づいたらな・・」
ずずず、と音を立てて、奴は馨の顔を覗き込んだ。
それを見て危機感を覚えないやつなんていないだろう。それ以上「その形」を馨に近づけるな!
どう考えてもリアルすぎるだろ。もうちょっと抽象的にならなかったのか・・・?
全力でにらんでいると、奴は俺の視線に気づいたようだ。大きな口でにったり笑ってこう言った。
「知っておるぞ。小僧、この娘を好いておるな」
「おまえには関係ない!」
「どうかのぉ、おまえごときが女を満足させられるのかのぉ?」
「な、お、大きければいいってもんじゃないだろ!」
「魔王の我にかなうわけなかろうて」
まったく馨はどうしてよりによってこんな破廉恥なペルソナを持ってるんだ!
とっととどこかに捨ててこい!くそ、山岸がいればアナライズを頼んで即刻カエサルで消し去ってやるのに・・・!!
「・・・ん、」
馨は小さく身じろぎをして、目をこすった。やっと起きたか。するとマーラは馨の中に戻っていった。
「あ、おい!」
「楽しみは夜にとっておくとしよう。ふぉっふぉっふぉ」
背筋が寒くなるような不気味な笑いを残して、跡形もなく消えた。
・・・・・何が夜だ!変態め!!
「あれ、寝ちゃって・・・、って、真田先輩、帰ってたんですか?」
「帰ってたんですかじゃない!」
どこまでものんきな馨に、つい声を荒げた。
勢いで肩をつかんで、ソファに押し倒しそうになる。
「あんなペルソナ、どうして使ってるんだ!」
「・・・へ?」
「あ、あんな非常識な形のものはとっとと捨ててこい!」
「・・・ああ、マーラですか?」
俺の必死さは全く伝わっていない。
それどころか反論してきた。
「捨てろって・・・嫌ですよ、昨日せっかくつくったばっかりなのに」
「そういう問題じゃないんだ!」
すると馨は何かひらめいたような顔をして、恥ずかしそうに笑いながら俺にくっついてきた。
柔らかい感触と甘い香りに反応してしまうのは不可抗力だ。
「大丈夫ですよ、心配しなくても、私は”先輩の”がいちばん好きですから」
馨の爆弾発言に、俺も一気に顔が紅潮する。俺の、ってなんだ、俺のって!!
そ、そ、そりゃあそう言ってくれるのは嬉しいが、・・・って、だからそういう問題じゃない!
「〜とにかく!おまえの貞操が危ないんだ!」
「やだもう、自分で奪っといて」
「ち、ちがう!」
仕方ない。こうなったら最終手段だ。
「・・・あれはいつまで使うんだ」
「そーですねえ、あれより強いペルソナを作れるレベルになったらですかね」
「それまで俺と一緒に寝ろ」
「えっ!?」
「二度言わせるな。俺にはおまえを守る義務がある」
「そ、そりゃ、嬉しいですけど・・・」
「決まりだな」
恋敵が多いことは認識していたが、これほどのピンチは初めてだ。
よりによって、相手がペルソナとは考えてもいなかったが。
これでしばらくは、夜でも気が抜けない・・・。
・・・
タルタロス探索も大詰めになってきた。
この調子でいくと、ニュクス戦の前線に俺が立つのは確実のようだ。
最近、馨はやっと「あの」ペルソナを使わなくなった。
新しい合体ができるようになったので、だそうだ。
これで安心して馨を一人で寝かせられる。それはそれで、少しさみしいかもしれないのは気のせいだ。
代わりに馨が愛用しているのが「ルシフェル」だ。
マーラと比べると、ルシフェルの見かけはずいぶん爽やかで目にも優しい。
ある日のタルタロスエントランス。
やはりこの時期になるとメンバーにも緊張感が走っている。
いい傾向だが緊張しすぎもよくない。実力が出せないからな。
今日も明日もそして最終決戦も、俺はいつも通りにいくだけだ。
しかし問題が一つある。
それは武器だ。仲間の武器を調達してくるのはリーダーの役目なのだが、
いまだに俺のグローブはジャック手袋だ。・・・・・。
別に不満な訳ではないのだが、(高確率で悩殺というのはなかなか便利だ)
さすがにニュクスには無意味にも思える。
順平や天田など、ペルソナ合体による最強武器を与えられているというのに、どうして俺はこれなんだ。
俺はリーダーの右腕なんじゃなかったのか?
山岸と話をしながら今日の探索メンバーを決めている馨に、そっと声をかけた。
「・・・なあ」
「どうしたんですか?」
「俺の武器なんだが」
「あっ、はい!新しいの用意してきましたよ!」
「本当か!?」
さすがリーダー、わかってるじゃないか。
渡すのが遅くなったのは、ずいぶん時間がかかった、つまりよほど強い武器なのだろう。
「はい!」
馨がどこからともなく取り出したのは、今までのグローブとは少し違った。
まず黒い。真っ黒だ。そして、髑髏のようなモチーフだ。・・・少し不気味だ。
その時、「あの」ペルソナを見たときと同じような寒気がした。
ま、まさか。
「これはどういうグローブなんだ」
「やっと先輩にも作れました、ペルソナの武器合体!」
「・・・まさかとは思うが」
「マーラと合体しました」
よりによって・・・・!?
馨がマーラを使わなくなったのは、これと合体させたからだったのか・・・!!
「・・・・」
「ちょっと、なんですか?その残念すぎる顔はー!その終極の魔手は、攻撃力450、全パラメータ10アップの最強武器なんですよ?
ニュクス戦に備えて、リーダーとしてできる限りみんなの装備をよくしようと頑張ったのに・・・。
それなのに・・・・」
「あー!真田先輩がリーダーを泣かせてる!!」
馨が大げさに言って手で顔を覆うと、岳羽が俺を名指しした。ちょっと待て、なんでそうなる。
皆の視線が一気に俺に集まる。しかも冷たい。非難の総攻撃を食らうことになった。
「なにやってんすかこの大事な時期にー!馨ッチがいないと始まんないでしょーが!」
「よりによって馨さんを泣かせるなんて、見損ないましたよ真田さん!」
「ウゥ〜、ワンワン!!」
「明彦、そんなに処刑されたいのか!コンセントレイトのブフダインを食らわしてやる」
「美鶴さん、私も処刑に参加するであります。真田さんを敵と判断しました」
「馨ちゃん、大丈夫?」
最後の最後まできて、この団結力はむしろ喜ぶべきだ。
・・・しかしこんなところで発揮されても困る。
「わ、わかった!思う存分このグローブを愛用させてもらう!だから泣くな馨!」
すでに装備していたジャック手袋を慌てて放って(長く着用していたせいで手になじんでいた)、
「終極の魔手」を手にはめた。
・・・心なしか、「あいつ」がにったり笑っているように見える。くそっ、忌々しい・・・!!
「ほんとですか?」
「・・・あ、ああ」
「よかった!これで最終戦の前線メンバーは決まりですね。じゃあ早速頂上目指していきましょう!」
馨はさっきとは打って変わって、張り切って転送装置に向かって歩き出した。
そのすぐ後ろを、順平と天田がついていく。どうやらこの二人が最終戦に参加することは決定らしい。
複雑な心境のまま、3人の後を追った。
・・・
「敵を撃破、また真田先輩です!もう一度行けます!」
山岸のアナライズと、順平たちの掛け声がふと耳に入る。
「すげぇ、今日の真田サン、打撃アタックのクリティカル祭りかよ」
「きゃー、すごーい!やっぱり武器が違うと気合も入るよね!」
結局俺の打撃アタックのみで戦闘は終了した。
一息つくと、馨が無邪気に喜んでいるのが見えた。
要は、嫌な気合が入っていた。
このグローブに対する複雑な気持ちをそのままパンチに込めたところ予想以上の力が出た。
まあいい。仕方ない。これで馨に及ぶ危機がなくなったと思えばいいことじゃないか。
それまで思う存分、利用させてもらおう。