その先へ


貴女の存在が、僕を強くしてくれた。



正直、会うのは久しぶりだった。
別に後ろめたいわけじゃない。会いたくなかったわけでもない。
・・・いや、その気持ちを全否定することはできないかもしれない。
すがすがしいほどきれいさっぱり失恋した相手にちょくちょく会いに行けるほど、
僕はそこまで大人にはなれなかった。

6歳の年の差。
馨さんが高校生で、僕が小学生だった頃とはその意味はまるで違う。
馨さんは大人の女性になって、僕は21歳になった。やっと同じラインに立てたわけだ。
今でも彼女の隣には、変わらずに真田さんがいる。

それは本当にたまたまだった。
大学に通っていた僕は、少し離れたところに住む友人の家を訪ねた。
そしてふと思った。思い出してしまった。
そういえば、馨さんと真田さんが暮らしてるのは、この辺じゃなかったっけ、と。

もちろん疎遠になっているわけではない。たまにメールのやり取りもしている。ほぼ近況報告だが。
こうして会うのが、久しぶりすぎるというだけだ。
後悔するのが嫌で馨さんにメールをしてみた。今近くにいるから会いに行ってもいいですか?と。
もちろん返事はあてにはしなかった。そもそも急すぎる。しかももう夜の9時だ。迷ってるうちにこんな時間になった。
それに馨さんは看護師という仕事に就いた。勝手なイメージだが、今日のような土日に休めることってあるのだろうか?

馨さんらしく、27歳という若さで「リーダー」的な存在になったそうだ。
でも正式な役職に就くにはまだまだキャリアが必要らしい。まだ学生の僕には、実感のわかない話だった。

諦め半分で送ったメールは、無駄にはならなかった。
現に僕はこうして、二人の住まいにお邪魔している。それも、二人とも在宅していた。
遊びに行くのは初めてだった。だから電話しながらマンションの場所を教えてもらってここについたとき、目を疑った。
す、すごい。繰り返すが僕は大学生で、こんな立派なマンションには縁がない。オートロックも初めて見た。
つくづく思う。真田さんには、かなわないと。

何年かぶりの馨さんの笑顔を見たとき、あのころの思いが僕の胸に広がった。
ああ、こんなに好きだったんだ、と。

馨さんが淹れてくれたコーヒーを飲みながら、3人でいろんな話をした。
コーヒーか。あのころは苦手だったな。今はブラックがいちばんおいしい。

真田さんは、嫌味かと思うほど正しい方向にかっこよくなっていた。
せっかく追いついたと思ったのに、ちょっと(いや、かなりか)会わないうちにまた追い越された。

「そうだ。改めてですけど、ご結婚おめでとうございます」
この言葉を直接二人に送るのは初めてだった。
二人の結婚式、僕は出席できなかった。その頃僕は日本の反対側にホームステイに行っていた。
その間に、プロポーズも結婚式も新婚旅行も終わっていたというわけだ。

複雑だった。馨さんのウエディングドレス姿なんて直接見たら、僕は泣くかもしれない。
こうして写真で見ることさえ、戸惑ってしまうというのに。

僕は過去を引きずってるわけじゃない。新しい恋に臆病なわけじゃない。
ただ今日はけじめをつけにきた。それと、真田さんを、少しだけ困らせに。

「僕も30までに結婚したいです。でも、馨さんよりすてきな女性がなかなか見つからなくて」

コーヒーカップを口にしながら、そう言った。
こう言えば、真田さんの機嫌が大きくナナメ右にずれることはわかっていた。
ほら、眉毛がぴくっと動いた。

「・・・おまえな、そういうことを俺の前で言うか?」
「ええ。いいじゃないですか」

これが、最後ですから。

あのころの僕にはあなたが必要だった。
あなたがいたから僕は強くなれた。

今度は僕があなたを守りたかった。
けれど、やっぱりあなたの隣はもう、決まってるんですよね。

2011/10/18
天田くんはいい男になると思う。