君が好き
「ねえゆかりって、なんで彼氏つくらないの?」
そう聞かれることはたまにあった。「つくれない」じゃなくて「つくらない」。
告白されることは何度かあったし、つくろうと思えばつくれたわけだ。
でも一度も誰とも付き合ったことはなかったし、告白したこともなかった。
何度か恋をしたこともあった。けど先に進めなかった。
怖かったからだ。母さんみたいになることが。
そんな私が、有里くんと一緒にいることは最初は何も思わなかった。
今だって、気持ちにそんなに変化はない。
不思議と、一緒にいると落ち着く。そういう存在。信頼できる仲間、そんな感じ。
一緒に帰ることも多くなった。
部活帰りに偶然会うとか、買い物に付き合ってもらうとか。
それを繰り返すたびに、彼は意外とずばずば物事を言うとか、
(選んだものが似合ってなかったら、ちゃんと似合ってないって言ってくれる)
無関心に見えてちゃんとこだわりを持っているとか、知ることができた。
共通点を見つけると嬉しくなったし、私のことも知ってほしくなった。
「へえ」で終わらせる彼だけど、その「へえ」にいくつもレパートリーがあること、私は知っている。
「トイレ行ってくる」
「うん、じゃあ待ってるね」
放課後のポロニアンモール。彼と来るのは何度目だろう。
噴水の前のベンチに座って待つことにした。
それを見計らっていたように、大学生らしき男3人が私に声をかけてきた。
「彼女、かっわいいー、ねえ俺らと遊ぼうよ」
「はあ?」
「いいっしょ?ホラ、表に車あるしさ。パァーっと海とか行っちゃう?」
「ちょ、触んないでよ!」
長い髪を一つに束ねたいかにも軽そうな男は、私の腕をつかんできた。
振りほどこうと思ったけど、できない。いくら力を入れてもびくともしない。
悔しかったし、実感した。男と女の違い。女はいつだって男にはかなわないんだ。
周りの人はまばらで、誰もこちらを見ようとはしなかった。
「・・・ゆかり」
私を囲んだ男たちの隙間から、戻ってきた彼の声が聞こえた。
「知り合い?」
「んなわけないでしょ!」
「そう」
表情一つ変えずに、有里くんは私に近づくと迷わず手を取った。
私の腕をつかんでいた男の手をぐいっと簡単に払いのけて。私にはできなかったのに。
そうか。やっぱりキミも、男なんだよね。
彼は私を引っ張ってその場を去ろうとした。
「ちょ、んだよテメー、邪魔してんじゃねーぞコラ」
男の野蛮な声に、彼は静かに振り向いて鋭い目つきで男をにらんだ。
思わずぞっとするほど凄みをきかせて。ああいう目は、適当に生きてる人じゃできない。
「・・・ちっ」
「いこうぜ」
男たちは急に弱気になって走って行った。
・・・やっと解放された。そう思ったら、急に体の力が抜けていく。
それを感じたのか、彼はこう聞いてきた。
「大丈夫?」と。
思わず言ってしまった。
「よ、余計な事しないでよ!」
繋がれていた手をとっさに振りほどいた。短い沈黙が流れる。
なんてことを言ってしまったんだろうという後悔と、それでも本音だっていうこと、どっちも私の気持ちだった。
「・・・そう」
予想外の言葉だった。
「ごめん」とか言われたらぶん殴ってやろうと思ったのに。
怒ってもいいのに。不満な顔をしてもいいのに。そしたら私はそのまま、走り去ることができるのに。
普段めったに変わらない表情は、今までで見たこともないくらい穏やかなものだった。
なんで、なんでそんな顔するの。
「・・・ごめん、あたし・・・」
謝らずにはいられなかった。
なんでうまくいかないの。彼には嫌われたくない。そう思っていた自分に、今初めて気が付いた。
私は一人だって生きていける。今みたいに怖い目にあったって助けなんかいらない。
なんとかしてみせる。そう思っていた。あの人みたいに弱くなりたくないから。
私と母さんの関係は、彼に一度だけ話したことがある。今まで誰にも話したことなかったのに、
どうして彼だったのか。わからない。
変わりたい。こんなつまんない意地捨てて変わりたい。
ふつうに恋をして、彼氏を作って、ケンカして仲直りして。
どうしてそれを経験する前から諦めなくちゃならないの。
「・・・だめだよね、ほんと、いつまでたってもこんなんじゃ・・・」
独り言のようにつぶやいた。私ほんといつもこんなんだ。
一人で悩んで迷って彼にぶつかって。どうしようもない。
うつむいて拳を強く握った。すると、彼がいつものように淡々と口を開いた。
「ゆかりはそのままでいいんじゃない」
「・・・え」
「変わろうと思うなら、俺はそれもいいと思う。どっちにしたって、ゆかりはゆかりだろ」
彼にとっては当たり前のことを言ったんだと思う。
私のためを思って、とか、元気づけてあげよう、とか、そういう気持ちはなかったんだと思う。
けど、その言葉は私の心に大きく響いたし、同時に彼への思いを認識するきっかけにもなった。
「・・・有里くん」
「CDショップ。行かないの?」
彼は歩き始めた。いつもより、少しだけゆっくり。
私はそれについていった。すぐに隣に並んだ。
ねえ
手をつなぎたい。いいかな。
ねえ
私、キミが好きだよ。
2011/10/21
うちの男主はゆかり一筋。千尋ちゃんは彼に片思い。他は友情。
風花は荒垣先輩と、美鶴は真田先輩と。これが理想!それはもちろん女主のいない次元です。
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