内緒話
シンジが戻ってきたことは、特に美鶴と俺にとっては特別な意味を持っていた。
2年生たちは知らない、3人が共有している過去。
こうして3人だけが揃えば、不思議と会話が弾むことは必然だった。
「アキ」
「なんだ?」
「おまえ、リーダーに惚れてんだろ」
「!!」
3人だけのラウンジ。ひとしきり昔話をしたところで、シンジが言った。
夕食に相変わらず(というのはシンジの弁)、牛丼を食べていた俺はその発言に派手にむせた。
慌てて手元のミネラルウォーター入りのペットボトルを口に運んだ。
しかし慌てているのは俺だけだ。美鶴は当たり前のようにその話題に入ってきた。
「なんだ荒垣、よくわかったな」
「み、美鶴!」
「見てりゃわかんだろ・・・」
「完全に明彦の片思いだがな」
「はは、ちげぇねえ」
自分でさえもつかみかねないこの複雑な気持ちを、黙って聞いていれば好き勝手に言いやがって。
おまえらは俺が傷つかない人間だとでも思っているのか?
「にしても”あの”アキが色恋にハマるたぁ驚いたぜ」
「仕方ないさ。槇村は魅力的だからな」
「そうかあ?俺にはわかんねえな」
「おまえはまだ彼女に出会って日が浅いからな。そのうちわかるさ」
「女に興味ゼロだったこいつがなあ」
「まったくだな。明彦とは長い付き合いだが、息子を手放した母親のような気持ちだよ」
「んだそりゃ」
「安心したということさ」
・・・。なんだ、まるで俺がこの場にいないみたいな会話は。
「ただいまー」
そしてどうしてこのタイミングで槇村は帰ってくるんだ。
嫌な汗をかきながらさりげなく彼女を視界に入れないようにした。
心なしか二人がろくでもない笑みをうかべたように見えたからだ。
槇村はいつもの通り、荷物を持ったままこちらにやってきた。
彼女はソファには座らず、立ったまま会話を続ける。
「君か、おかえり」
「あれ?珍しいですね、先輩方だけって」
「まあな。内緒話だ」
シンジが珍しく面白おかしくそう言った。嫌な予感的中。
「えー!気になる気になる!」
おまえもそんな簡単に乗るな!単純すぎるぞ!
「聞きたいか?」
「とっても!」
そんなシンジに美鶴が便乗した。おまえそんな性格だったか・・・?
「実はアキがなあ」
「だ、黙れ!」
思わず食事を中断して立ち上がった。槇村は不思議そうに俺を見上げた。
「・・・だそうだ。リーダーには言えねえんだとさ」
「えー・・・」
槇村は、まるで捨てられた子猫のような顔をした。俺が悪いみたいじゃないか。
「明彦は心がせまいな」
罰ゲーム。その言葉が頭に浮かんだ。しかし俺は別になにもしていないぞ。
シンジが間髪入れずこんなことを言い出した。
「おまえ、男いねーのか?」
「え、えぇ!?そ、そんなのいませんよっ!べ、べつに私は・・・」
意外なことに、その質問に一番慌てたのは槇村本人だった。
突然顔を赤くしてしどろもどろになっている。
持っていたバッグを俺の足元に落とすくらいに。
「なにやってんだ、ほら」
それを拾い上げて彼女に渡した。気のせいか一歩引かれたような。
「え、えと、先に寝ます!今日はタルタロスなしで!おやすみなさい!」
「あ、おい・・・」
なにをあんなに慌てていたのか、槇村は俺からバッグを受け取るとすかさず階段を上がっていった。
・・・目を合わせてくれなかった。
再び3人に戻ったラウンジ。妙な沈黙が流れる。
「・・・おい」
なぜか驚いたように目を見開いている二人を、ぎろりとにらみつけた。
「どうしてくれる。おまえらのせいで今避けられたじゃないか」
「はあ?」
シンジが素っ頓狂な声を上げた。
「・・・アキ、それマジで言ってんのか」
「マジもなにも事実だろ」
「明彦、ちゃんと槇村の顔を見なかったのか?」
「ちゃんと見たから言ってるんだ」
・・・、二人は何が言いたいんだ?なぜかかわいそうな目で見られている。
考えろ。さっきの一部始終をよく思い出せ。
・・・!ま、まさか。
「まさか槇村はシンジのことを・・・!?」
「ちげぇよバカ」
「バカはどっちだ!」
「んだとコラ!」
「まったく・・・私はもう上に行くぞ」
「俺ももう寝る。ったくどうしようもねぇ、おまえら二人ともな」
「あ、おい!話はまだ」
俺は一人ラウンジに取り残された。
この気持ちは何なのか、わからないまま残った牛丼をかきこんだ。
2011/10/22
3年生組をまとめて書きたかったんです。特に荒垣と美鶴が会話してるところが!
真田先輩調子狂いまくり。