キミの中の一番は、キミじゃないんだね。
優先順位
「リーダー!大丈夫ですか!?」
風花のアナライズが、タルタロスのフロアに悲鳴のように響いた。
戦闘も終盤、最後の最後に彼は致命的ともいえるダメージを受けた。
油断していたのか、あるいはミスなのか。どちらにしても、彼らしからぬ失態だった。
「有里くん!」
私は迷わず回復魔法をかけようとした。しかし。
「ゆかり!俺はいいから攻撃して」
「は!?」
「いいから早く!」
予想外の「命令」に私は戸惑った。
「おい岳羽!危ない!」
逆方向から聞こえてきた真田先輩の声。
目の前には、瀕死状態のシャドウが私に飛び掛かろうとしていた。
さすがに半年以上たてば、こんなことは何度でもある。確実に、的確に、弓を放った。
・・・
「ちょっと」
シャドウの消滅、確認しました。
風花の通信が途切れると同時に、私は彼に歩み寄った。・・・深い傷が痛々しい。
「なによさっきの」
「なにが」
あからさまに不機嫌な顔をする私にはおかまいなしに、彼はいつも通りの口調で言った。
「どうしてあんな無茶なことすんのよ!」
「無茶じゃない。俺の回復より敵の殲滅を優先させるべきっていう俺の判断」
「それを無茶っていうの!あと一撃くらってたらどうなってたかわかんないんだよ!?」
「勝てたんだからいい」
「お、おい有里、それは――」
後ろで様子をうかがっていた真田先輩が、一歩踏み出した。
同時に私は目の前の彼の顔をたたいていた。パン、という甲高い音が響く。
真田先輩と、そして美鶴先輩も唖然とする姿が視界の片隅に入った。
「よくない!そんなのキミらしくない!キミがいなくなったら、何の意味もないの!」
啖呵を切った私以外、3人の時間は止まっていた。
すると、ふっ、という小さな笑い声が聞こえた。彼だった。
「・・・ごめん。ありがとう」
赤くなった頬をさすりながら、彼は穏やかに微笑んでいた。
普段笑ったりしないのに。どうしてこういうときに表情を変えるのか、私には理解できなかった。
「俺をたたくなんて、ゆかりくらいだな」
「・・・な、なによそれ」
「それより真田先輩を先に回復してあげてくれない?」
「え?」
先輩は意外そうな顔をして、私と目があった。
言われた通り、先に先輩に処置をした。傷口がふさがっていく。
それが終わると、先輩は彼に声をかけた。
「どうしたんだ有里。おまえらしくない」
そう、リーダーらしくない。彼はいつだって最善の判断をできる人だった。
だからここまでやってこれたというのに。
「・・・敵も強くなってきたし」
珍しく頼りない声で、彼は話し始めた。
「余裕で勝てることなんてなくなってきた」
それは、確かにそうだった。一回一回が真剣勝負そのものだった。
特に新しいフロアに挑む、今日みたいな日は。
「荒垣先輩がいなくなってから、自分のことより人のことが心配になった」
彼の口から出た名前に、私たちは小さな動揺を隠すことはできなかった。特に、真田先輩。
「さっき、俺より真田先輩の方が危なそうに見えたんだ。そう思った時、荒垣先輩の顔が浮かんだ。
・・・たとえ自分がいなくなっても・・・、もう誰も失いたくなかった」
彼がどういう思いを持ってここまでやってきたのか――
はかり知ることはできなかった。それは私も先輩たちも。
口数の少ない彼だから。
胸が熱くなるのを感じて、うつむく彼にそっと触れた。
「・・・たたいたりしてごめんね。ほら、そっちの傷も回復させて」
「シャドウにやられた傷より、ゆかりのビンタの方が痛かったよ」
「!!、ちょ、そんなわけないじゃない!」
「ほら、奥歯抜けたし」
「えぇえー!?」
「うそ」
「・・・」
「ゆかり、顔がひどいよ」
「うるさーい!もう回復かけてやんない!」
「それ横暴じゃない」
いつもの調子を取り戻した私たちの後ろで、先輩たちが何か言っているのが聞こえた。
「・・・さしずめリーダー唯一の弱点は、岳羽だな」
「そのようだ」
その帰り、全員でいくつかの確認をした。もちろん、リーダーを中心に。
タルタロスに行く回数増やそうか。地道な努力、最近してなかったし。
基礎から立て直そう。ああ、賛成だ。俺も、つきあうぜ。私もであります。
そういう前向きな意見がたくさんでてきた。やっとまた、右肩上がりにいけそう。
正直、荒垣先輩のことがあってからみんなの集中力は散漫だった。
今日のできごとは、必然だったのかもしれない。みんながもう一度ひとつになるための。
「ゆかり」
寮に帰った後、有里くんはそっと私を引き留めた。
「俺のそばにいて」
表情は変わらなかった。けど視線はいつもより真剣だった。
意味を理解するのに時間がかかって、それでもすぐに顔は赤くなった。
「俺を支えてくれるの、ゆかりのビンタだって、今日気づいた」
手をつながれたわけでもない。距離を縮められた訳でもない。
でもそれはどんな甘い言葉よりも、口説き文句よりも、彼らしい、気持ちの伝え方だった。
2011/10/22
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