君は太陽
テニスコートのあたりが騒がしい。
もっとも、真田がいつも周りで聞く(聞かされる)「キャー」という黄色い声の類ではなくて。
「おおおぉー!」
「やべえーかわいー」
部活中、部長の真田を先頭に外周を走っているときだった。
テニスコートのフェンスに体をくっつけて、何やら鼻息の荒い男の集団を横切った。
この時間帯に制服に鞄を下げているので、おそらく帰宅部の連中だろう。そんな奴らがこんな場所に何の用だ。
よく見るとユニフォームを着たサッカー部や陸上部までいる。おまえらのテリトリーは逆方向だろうが。
まあいい、俺には関係ない。しかし聞こえてきた名前に、真田は彼らの真後ろで足を止めざるを得なかった。
「やっぱかわいいよなー、馨ちゃん」
「短いスコートとあの足腰がたまんねー」
「なに?あのきれいな足は」
「色白だし細すぎないしまさに完璧」
「女子テニス部のユニフォームは目の保養だよマジで」
「あっ理緒ちゃんもいる。あの子もいいよな」
「ちょいツンとしてるけど、正統派美人だし。そういう子が甘えるとやばくね?」
「なにおまえ、理緒ちゃん派?」
「やー、馨ちゃんのあのかわいい笑顔には叶わないだろー」
「明るいしかわいいしやさしいし、彼女にしてぇー!」
「あーでも、彼氏いるらしいぜ」
「マジかよー、誰?ソイツがうらやましい」
一緒に走っていた後輩の山田と同学年の沢村は、おそらく無意識にコースアウトしていった部長を止めた。必死に止めた。
やばい。なんかコイツ変なスイッチ入ったっぽい。前はそんなことなかったのに、最近多いんだよなあ。
それを止めるのが月高ボクシング部実力ナンバー2(自称)の俺と、1年のくせに面倒見のいい山田なんだよなあ。
「おい真田!先頭走ってんのに逸れんな!そんで殺気しまえ!おまえだとシャレにならない」
「そ、そうっすよ!ほら、行きましょうあと10周もあるんすから」
「いやしかし」
「しかしじゃねーよ!おまえのパンチを素人が食らったら死ぬぞ普通!」
「・・・べつに殴るつもりは」
「じゃあ拳に力いれんな!」
これだけ真後ろで騒いでもフェンスに張り付いた男たちは異様な盛り上がり中でこちらには気づかない。
誰かに夢中になるのは男も女も関係ないらしい。
そういう煩わしさを味わうのは自分だけで結構だ。そうすれば、こんな風にいらないやきもちをやくこともないのに。
自分の彼女がそういう目で見られるのは耐えられない。
こういう時の真田の複雑そうな表情は、彼の弱点そのものだった。
意外だな。全戦無敗の我らが主将の唯一の弱み。沢村は小さく笑って、やっと力を緩めた真田の腕を離す。
「ったくおまえはー、女のことになると自分見失うよな」
「なっ、人聞きの悪いことを言うな!」
「あ、違った。――”あの子”のことになると、だな」
ちらり、と意味ありげにテニスコートに目をやる。
いつも通り、ひときわ目を引く彼女の姿があった。
「まあ実際、あの子の人気も結構なもんだし。さすが校内のアイドル」
「真田先輩のファンクラブの方がすごいっすけどね」
すかさず山田が沢村に続いた。
山田も彼女が好きで、しかし「玉砕」したことを、沢村はなんとなく知っていた。
それとなく彼女の方に目をやっていると、ポニーテールを揺らしながらふとこちらを振り向いた。
赤い瞳はフェンスの向こう側の真田の姿を見つけると、花が咲いたように笑った。
その距離約50メートル。声が届く距離ではなかったが、ラケットを持ったまま嬉しそうにこちらに大きく手を振っていた。
「おおおぉ!?ちょ、マジで!?お、俺に手振ってくれてる・・・!?」
「いや俺だろ俺!クラス同じだし席近いしたまにしゃべるし!」
「やべえ、かわいい・・・!」
もちろん「校内のアイドル」の目には男の集団などアウトオブ眼中。
その後ろ隣りにいる愛しい恋人への精いっぱいのメッセージだ。
「・・・・ったく、おめでたい奴ら」
沢村は彼らを見て、口元を隠すように手を添えてそうつぶやいた。
ぎこちなく控えめに手を振りかえす真田を見て、自分も彼女がほしくなったことに気が付いた。
あんな高望みはしないからさ、せめてそうだな、腐れ縁のアイツとか――。
2011/10/27
部活がらみのお話。うちの女主は(今更ですが)テニス部です。