レンアイ





喧嘩するほど仲がいい、と言ってしまえば、それまでだと思う。
果たしてその諺に、どれほどの信憑性があるのか、当事者である私にもはかり知ることはできない。

嫌いなわけじゃない。
だからと言って好きかと問われれば悩んでしまう。
クラスメイトから、クラピカが素を見せられるのって、彼だけね、と言われて、返す言葉がなかった。

レオリオは私とは正反対だ。彼が何を考えているのかわからない。
……いや、表面だけなら、わかるのだ。彼の毎日は、頭を凝らして全力で遊ぶことと、少しだけ勉強することで成り立っている。
単純そのもの。けれど彼がわからない。時折、私の予想斜め上をいくような言動で、私を困らせてくる。



バレンタイン、という世俗的行事がある。
男女交際においてひときわ重要だという認識が一般的である。
そして今日が、2月14日、その日なのだ。

何事も、成り立ちや性質を理解してから取り組むべきだというのが、私の持論なのだが、
いそいそとチョコレートを用意する世の女性は、
そもそものバレンタインの起源を、果たして理解しているのだろうか……。

と、いうようなことを、例によってレオリオに問いかけてみた。天気のいい屋上で、二人で昼食をとりながら。
並んで腰かけるベンチから離れたところで、男子生徒数人がカードゲームで盛り上がっていた。
バレンタインなんてどうでもいいね、といわんばかりに。

はたから見たら、私たちはカップルに見えるのだろう。しかしそうじゃない。
同じクラス、たまたまお互い暇だっただけ。そういう理由で、たまに、いやしばしば、二人で行動を共にしたり、こうして食事をしたりしている。
私にはそれ以上の理由が見つからなかった。


彼は、どんな理由で私の隣にいるのだろう。お互い暇だっただけ。
私はそう思っていたのだが、友人の多いレオリオは、わざわざ、自ら私と過ごすことを選んでいるのだということに、気づかないふりをしていた。


バレンタイン。男女間における、恋の駆け引きの舞台。私とこの男には、関係のないことだ。
だからこそ、傍観者の立場で議論ができるというものだ。退屈な昼休みの、退屈な時間を埋められる丁度いい世間話として。

「やー、おまえからその話振られるとは。なに、なに、そんなに見たい?俺の今日の成果」
「……いやそういうつもりじゃ」

彼はいつも以上に締まりのない顔をして、足元に投げ出していたカバンの中身を、私に見せてきた。
その中には、ぽつ、ぽつと、カバンの隙間を埋めるように、ラッピングされた数個のチョコレートが入っていた。

「……」
「実は毎年、ちゃっかり何個かもらえてるのよねー、俺。
キルアみたいに大量にもらうより、少数精鋭っての?逆にこっちのほうが嬉しいっつーか」

すぐ調子に乗るのは、この男の特技でもあり個性でもあるが、なんだか妙に腹が立った。
見せつけられたままのカバンを彼のみぞおちに強めに押し戻し、顔を背けて口を開いた。

「ふん。そもそも学校は勉学にいそしむ場所だ。そんなもの、必要ない。むしろ校則違反だ」
「お、出た出た、クラピカちゃんの正論タイム」

私がこうしてムキになると、彼は決まって面白そうにする。それが癪に障るので、いつもきまって口論になる。
学習しない。私も彼も。ということは、それが私たち二人の関係性の構築のうえで、重要なこと……なのだろうか。

「でもさ、あれだろ。レンアイには必要だろ?バレンタインもチョコも」

レンアイ。その言葉を彼の声で、彼の口調で聞くと、なんだかむず痒い。

「学校は男女交際の場ではない」
「いやいや、勉強だけなら家でも塾でもできるだろ。他人とあーだこーだして、遊んで、トラブって、社会性をハグクムのも、勉強だろ?」

正論。これが彼の正論なのだろう。
そしてそれは、ときに、私の正論を覆したりもする。
しかしそれを認めたくない。なんだか悔しいのだ。彼に屈したようで。

レオリオは、私がそんな思いでいるなんて、知らないのだろう。いや、ぜんぶ、見透かしているのかもしれない。
だって私は、彼のことがわからない。


「レンアイだって、人間には必要なことだぜ」


パンの最後の一切れを口に詰め込みながら、彼は空を仰いでそう言った。
私は彼のその横顔を、ただただ見つめることしかできなかった。


予鈴が鳴る。
カードゲームをしていた男子生徒たちは、いつの間にかいなくなっていた。
レオリオは立ち上がり、大きく伸びをした。

「あー、次、なんだっけ?実習だっけ?」
「……レオリオ」
「あ?」
「すでに手元にあるならば、これはいらないだろう」
「……、なんの話?」

私は自分のカバンの奥底から、小さな袋を取り出した。
淡いピンク色の、幾何学模様が美しい紙袋。リボンをつけるなんて、できなかった。

「……」
「勘違いするな。告白ではない。郷に入っては郷に従えというだろう」
「……、おまえ、それ、微妙に使い方違くね?学年主席様どうした?」
「うるさい。だいたい数人からもらうなんて不誠実にもほどがあるだろう」
「や、あの、義理だし…これ全部」
「……」
「……」
「え〜と、これは、その」
「黙れ!黙って受け取れ!私は先に行く!」

彼がどんな顔をして、私を見たのか。
知るのが怖くて、強引に紙袋を押し付けて、屋上を後にした。


何事も、成り立ちや性質を理解してから取り組むべきだというのが、私の持論だ。
だから、この行為の意味だって、すべて理解した上で用意した。
と同時に、義理チョコという意味合いも兼ねた。

要は、私だってわからないのだ。
本命だか義理だか、区別がつかないのだ。
その選択を、受け取った彼にゆだねるというのは、あまりにも身勝手だろうか。

私の学園生活は、彼のおかげで、毎日が、少しだけ、楽しい。
それはかけがえのない感情だということに、気づき始めていた。





2020/03/02



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