レオリオという男




レオリオと恋人――いわゆる男女の関係になってから、彼に関して気づくことが多くなった。
いいことも、悪いことも。

レオリオとは、友人としての付き合いもそれなりに長い。気の置けない、信頼できる友人。
その延長線上での、今のふたりなのだ。
友人として接する上ではわからなかった、レオリオのほんとうのやさしさ。男らしさ。
そういうのに、気づく。そのたびに、私は彼を男として好きになっていった。




「ああ、いいよ。そのまま置いといて。てか俺もってこーか?」

どこからどう見ても新人のウエイトレスが、震える手で皿を下げるのを見て、レオリオはこう言った。
店内は慌ただしく、どの店員も手一杯なようだった。
恐縮したウエイトレスは、さらに手を震えさせながら頭を振った。見ているこっちがはらはらする。

「とんでもございません!だ、だいじょうぶですからっ」
「まーまー、ほら、俺トイレ行くから。ついでに。あとさ、おねーちゃんカワイイから、よかったらメアド」
「レ・オ・リ・オ」

しっぽを振って席を立とうとするレオリオを、ぎろり、と睨む。食後のコーヒーカップを握る手に力が入った。
「な、なはは〜・・・ジョークよジョーク!お皿ぜんぶ持たせていただきます」

この男のナンパ癖には、正直驚いている。私が隣にいるにもかかわらず、声をかけるのだから、どうしようもない。
最初は気分が悪かったが、もう慣れた。彼の持病だと思うことにした。
彼曰く、「すてきな女性に声を掛けない方が失礼だと、母国ではそう教わった」らしい。ほんとうかどうか。

レオリオはウエイトレスの女性をさりげなく手伝い、用を済ませ、席へ戻ってきた。
その表情は気まずそうだ。
「・・・ピカちゃん、怒ってる?」
「妙な呼び方はやめろ」
「ハイ」
「行くぞ」
「ハイっ」

こういう時、気のすむまで怒ったふりをすることにしている。最近は、それがおもしろいのだ。
あの手この手で私の機嫌をとろうとするレオリオが、たまらなくかわいいから。

会計を済ませ、店の外へ出る前に、さきほどのウエイトレスがレオリオに声をかけていた。
彼女は瞳を潤ませながら、彼に何度も頭を下げていた。その顔は、「男」を見る目だった。私にはわかる。

レオリオは陽気に笑いながら、力が入りすぎている彼女の肩に、ポンと手を添えた。
半分複雑、半分嬉しい。私はいつも、こんな気持ちだ。





食事を終え、街へ出る。
今日は、レオリオが新しい香水を買いたいらしい。私にも、選んでほしいのだと。

人通りの多い、ブティックが軒を連ねる中心街。
国道を遮る、青信号を渡っているときのこと。
私たちの2、3歩前に、杖をついた老婆が大きな風呂敷を背負い、ゆっくりと歩いていた。
レオリオはさりげなく歩幅を狭めた。周囲は変わらぬスピードで、どんどん私たちと老婆を追い越していく。
私は、なぜレオリオがゆっくり歩き始めたのか、すぐにはわからなかった。
その間も、彼は楽しげに私に話しかけている。
こんどはあの店行きたいな〜とか、買い物終わったらコーヒー飲みたいんだよな、とか。

青信号が点滅しはじめた。
目の前の老婆は、肩を上下させながら、なんとか信号を渡り切っていた。
後ろにいたレオリオは、それを確認して、一瞬だけ、やさしく目を細めた。

ほんとうに一瞬だった。
私はそれに気づいた。
彼は、後ろで見守っていたのだ。誰にもわからないように。
転んだり、渡りきれずにいたら、きっと手を貸したのだろう。

推測だが、事実だろう。私は足を止めてしまった。
「ん?どしたの」
「・・・」
「おーい」

彼の腕にしがみつくように、隣に寄り添った。
そして歩き出す。彼の香水を買いに。





「うふふ、すてきな彼女さんですね」
「やー、でしょー?ほんっと、俺にはもったいないっつーか」

レオリオとこういうところに来ると、高確率で私は蚊帳の外だ。
話題に出されていても、だ。
初対面の人間と、よくもまあと思うほど、打ち解けている。
まあ、この店はレオリオの好きなブランドだし、常連なのかもしれない。
さきほども、「新しいのが入ったんですよ。お好きだと思います」と話していたし。

そうして気分よく買い物を終えて、店を出る。ふと、レオリオのケータイが鳴った。着信のようだ。
彼は私に断わってから通話を始めた。
口調からするに、友人のようだ。まあ、彼にも私の知らない交友関係があって当然だ。というか、知らないことの方が多い。
長くなるんだろうか。気を利かせて、私が彼から少し離れようとしたときだった。

「わり、今デートなんだわ。またかけ直すからさ。そうそう、例の彼女ね。うらやましいだろ?」

レオリオはそう言いながら、私の手をとり、指を絡ませてきた。
ケータイをしまい、目が合う。途端に気恥ずかしくなり、目をそらした。
その反応を待っていたように、レオリオは私の顔を覗き込む。
悪趣味だ。人の照れているところにつけこむのは。

「例の彼女。おまえのことね」
「・・・」
「べらべらと個人情報漏えいしてるわけじゃねーよ?どこの誰とも言ってねーよ?たださ、自慢したいっつーか」
「・・・」
「そんだけ」

そう言って笑うレオリオの顔。だめだ、キスしたい。






買い物を終え、カフェに入る。
ふつうのコーヒーショップとはまた趣の違った、若い女性、カップルが目立つ店内だった。
セルフではなく、テーブルへ通される。運ばれてきた水は、ただの水ではなかった。

「・・・おいしい」
「だろ?レモン絞ってんだって。あとハーブも」
「なるほど・・・」

水の入ったグラスは、テーブルを見渡すと、一つひとつデザインが違った。
なんだろう。かわいい、というのはこういうことを言うのかもしれない。
私とレオリオは違うものを注文した。ドリンクと、軽いフードメニューを一つずつ。
メニューを見ても味の想像ができなかったから、気になるものはレオリオに聞いた。
彼はすべて、すぐに答えてくれた。それでも、実感はわかなかった。

木製のアンティークテーブルの上に、生クリームが乗ったパンケーキ、呼び方が分からない小さな焼き菓子、
呪文のような名前だが色のきれいなスムージー、これでもかとトッピングの乗った、チョコレートドリンク。

その光景に戸惑い、再び周りのテーブルを見渡す。
どの席も同じようなものがのっている。客は楽しそうに、それらを写真に収めていた。
そしてレオリオの顔を見た。なんだか嬉しそうにしている。

「こういうの、食べたことある?」
その口調は、からかう、というよりも、私の好意的な反応を待っているように聞こえた。子供のように。
だから私は、素直に答えることにした。
「いや・・・あまり」
「だろ?そーだよなあ、これがまた、うまいんだぜ」

レオリオは、私などよりよほど若い女性の気持ちがわかるのだろう。
こういう流行りのものに敏感で、それを容易く受け入れる器用さがある。
私は彼に、それを教えてもらう。悪い気は、しなかった。

「レオリオ、その、・・・作法はあるのか?」
「ねーよそんなの。でもまあ、周りにあわせるなら、写真とっとく?」
「いや、不要だ」
「ですよねー」

食べ始めるとすぐに、店員が取り分け皿を持ってきた。
「クラピカ、これ、食べるだろ?」
レオリオは当然のように、私の分を皿に分け始めた。ナイフとフォークを器用に使って。
再び周りを見渡すと、なるほど、同じようにしている。
これがこの店の「作法」らしい。
私も、レオリオと同じようにした。

おいしいものをシェアする。そうすると、デートはもっと楽しくなる。彼はそれを教えてくれた。





そろそろ帰ろうと、明日以降の食材を買いに、二人で駅前のスーパーに寄った。
・・・思いの他、大荷物になってしまった。
レオリオは、何も言わずに荷物を両手に提げた。
「レオリオ。私も持つ」
「いいよ。重いから」
「なら、なおさら」
「かわいい子は、男にぜんぶ持たせとけばいいんだよ」

こう言われたら、どう答えるのが、「恋人」として正解なのか。
いつもわからない。わからないから、黙るしかない。

「そうそう。それでいいの」

私はその日、低いヒール靴を履いていた。レオリオが以前買ってくれて、これを履くと喜んでくれるから。
それなりに歩けるようにはなったが、やはりまだ慣れない。

スーパーは半地下になっていて、出口には小さな階段がある。
レオリオは両手に重量のある袋を提げたまま、階段の前で立ち止まり、私の方へ振り返る。
彼は左腕を浮かせて、そこに手を添えるように促してきた。
私は自然に、彼の望むようにした。
腕を組み、彼のいつも通りの笑顔を見て、私はまた、気づいてしまった。

ヒールを履いている私が、段差で転ばないように、気遣ってくれたのだ。
自分は重い荷物を持っているのに。こんな、数段の階段なのに。

私は、このやさしい男に、女性として扱われている。
それも、とびきりのVIP待遇で。
レオリオなら、その気になれば、ある程度の女性と付き合えるだろう。
そんな彼が、私にここまでしてくれている。
私など、そこらの男より強い自信がある。所作も見た目も、女性らしいとは言えない。それなのに。

馬鹿なのか、きみは。こんなに私に甘くして。
私が、きみのせいで、高慢で、どうしようもなくわがままな女になったら、いったいどう責任をとるんだ?

嬉しさと、恥ずかしさ、いろんな感情が一気にあふれ出そうになる。
顔が、ゆがむ。息が震える。レオリオの腕につかまりながら、階段をのぼりきったところで、私は足を止めた。
レオリオは私の異変に気付く。

「クラピカ?」
「・・・っ」
「おい、なんだよ急に。どっか痛いのか?」
「レオリオ、私は・・・っ!」

顔を上げ、声を振り絞る。彼の腕をつかむ力は強くなっていた。
突然のことに、彼は目を丸くしている。

「もう、どうなってもいい!きみの好きなようにしてくれ!」

声量は適切ではなかった。加えて勢いも。
必死に伝えたその言葉は、思いのほか周囲にも届いており、一気に注目の的になった。
その事実にすぐに気付く。しかし引っ込みはつかない。レオリオは驚いたまま硬直したが、すぐに笑顔を見せ、私を抱きしめた。

もうどうなってもいい。
きみの好きなようにしてくれ。私はそれが幸せだから。






2019/07/28
レオリオは、困ってる人をほっとけないと思うんですよね。
原作でも、クラピカと乱闘中、嵐の海に放り出された人を真っ先に助けにいったし。
医者になりたい理由もしかりだし。
それを全面に押し出すのは彼の性格上、不本意だと思うので、さりげなく。わからないように。
付き合ってるとそれが垣間見えてくる、というお話でした。
ちなみに、クラピカが履いてたヒールは、「spring scene」でレオリオが買ったもの。


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