男と女。
その壁はどうしても越えられない。
青春生き残りゲーム 9
男子校における女性職員の存在は貴重だ。それが若くてきれいな人であればあるほど。
誰もいない視聴覚室で暗幕を引いて、よからぬコトを教えていただきたいものである。と、誰もが一度は思う。
数人いる養護教諭の中で唯一の女性である彼女――ミト先生は、足を組み直しながら、私に向かってこう言った。
「色仕掛けよ!」
「・・・い、いろじかけ?」
はて、と小さく小首をかしげる。
ここは保健室。もはや空気に溶け込んで違和感のない消毒液のにおいは慣れた。
「あんたね、女が男に勝つなんてそれくらいしかないのよ?同時にそれは最強の武器よ」
「・・・はあ」
ため息をついて、それでも力強く彼女は力説していた。
ミト先生は、私の「事情」を唯一知っている人だ。さばさばした性格と世話好きな面が、男子生徒に受けている。
要は彼女は私の身内――親戚で、両親のいない私の親代わり、ああいや、姉代わりだ。人間関係の希薄な私がこの世で頼れるのは、彼女しかいなかった。
私は彼女に、先日のことを話した。同級生の男子生徒に、シャワーを見られたことを。
「具体的には、どういう」
「ああもう!アンタ元がいいんだからどうにでもなるわよ!衣装はツテで貸してあげるから、言うとおりにするのよ?」
「う・・・」
口達者な私でも、彼女の押しの強さにはかなわない。
一方的に色仕掛け作戦を説かれ、私は驚愕した。せっかく男子制服のスラックスが板についてきたというのに。
「なっ、そ、そんな破廉恥な事できるか!」
「大丈夫。私を信じなさい?」
にっこりと笑うミト先生。
最初の試練は最大最凶のようだ・・・。
・・・
作戦その1:誰もいない裏庭で告白を装い脅迫
クロロ=ルシルフルについての調べはついている。
敵を知るのは基本中の基本。しかし、弱みになるような情報を得ることはできなかった。
まず、奴は帰宅部だ。それを利用する。放課後、後ろをついて来ようとするレオリオを撒いて、クロロの後をつけた。
私が狙うのは、教室から寮へのルートの、ある一か所。人気のない渡り廊下から裏庭へ、告白を装い奴を引き込む!
そして隠し持っていたサバイバルナイフで奴を威嚇!!(※銃刀法違反です)
ミト先生がツテで(なんのツテなんだか)用意してくれた女子制服(どこの高校だ・・・)を身にまとい、機をうかがう。
紺色のブレザーに、胸元の真っ赤なリボン。短いスカートはチェック柄で、私立の香りが漂う。男子校に女子生徒はおかしい。おかしすぎる。
よって私は「来校者」のバッジをつけていた。フッ、我ながら完璧な作戦。怪しまれたら「兄の忘れ物を届けに来たんですの」と猫かぶればいい。
これも職員であるミト先生の協力によるものである。彼女には借りができてしまった。
ヤツはポケットに手を突っ込んで、足音を立てずに歩く。
よし――今だ!!
「観念しろ!!クロロ=ルシルフ・・・じゃなくて、あの、すいません!実は私、あなたのことが」
クソ、なんて気持ちの悪い台詞だ・・・特に後半!ミト先生の用意してくれた台本を握りつぶす。
彼はこちらを振り向いた。あの漆黒の瞳はどうも油断ならない。まるで隙がない。一瞬ひるんだが、もう後には引き返せない。
距離を一歩縮めたときだった。
「うわっ、え、なに女の子!?」
「しかも超美人!なに、モデルとか?撮影?」
間の抜けた顔をした男子生徒が二人、こちらにやってきた。私はたちまち左右をふさがれる。
クロロは何もなかったような顔をして、その場を去った。
「あっ、コラ!待・・・」
「ね、俺、彼女マジ募集中!お茶しよ、おごるから」
「黙れ消えろ!」
「半端ねえツンデレだ!」
「デレてない!!」
作戦1、失敗。
作戦その2:夜這いで隙をついて威嚇
消灯時間直前、ゴンとクロロの部屋の前。
廊下は薄暗く、あたりはひっそりしている。
私は昼間とは違う制服を着て、そっと扉を開けて中の様子をうかがった。
セーラー服に、セミロングのカツラをつけて。サラシから解放されるのはいいのだが、なんだかスースーする。
鍵はゴンから預かっている。言いくるめて私とレオリオの部屋に泊まらせることに成功した。
今ごろゴンは、私のベッドでぐっすりだろう。夜9時に寝るなんて、おまえは小学生か。
いた。奴だ。机に向かっている。明かりは手元のスタンドライトだけで、薄暗かった。――好都合だ。
よし、昼間のような邪魔者はいない。忍ばせてある五寸釘を握りしめて、部屋に入り込み一気に背後をとった。・・・つもりだったのに。
「・・・っ!!」
「ん、何か用」
私は一瞬で床に押し倒されていた。
周りに散らばる本。全力で抵抗しているのに、押さえつけられた手首はびくともしない。
だから嫌なんだ。だから女は嫌なんだ!
悔しくて涙が出そうになる。彼は私に顔を近づけて、興味なさそうに口を開いた。
「こないだの貧乳シャワーさん」
「なっ、」
「なに?俺としたいの?」
こめかみのあたりがブチッと切れた音がした。
本当に殺してやろうかこの男。
「悪いけど、好みじゃない。ほら、全然勃たない」
奴は自分の下半身を私に押し付ける。痛い。本気で死にたくなったのは今日が初めてだ。
なんでよりによってこんな男に。バレるなら、同じ男でも、せめて。せめて――
「クラピカ!!」
半開きだった部屋のドアが、壊れそうな音を立てて開いた。
同時に聞き覚えのある、特徴ある声。私は動かない体を必死によじって、顔を上げた。
信じられないような顔をしているレオリオが立っていた。私と目が合う。どうしていいかわからない。
レオリオは唇をかみしめて、拳に力を入れた。靴のまま部屋に入ってくると、私からクロロを引きはがした。いとも簡単に。
その瞬間、実感したのだ。やっぱり男と女じゃこんなに違う。私は男には、かなわない。
レオリオは息つく間もなく、クロロを殴った。骨のきしむ音がする。
ただ私には、奴はわざと殴られたように見えた。私はただ立ち尽くす。いったい何がどうなってるんだ。
声を上げる前に、レオリオに肩をつかまれて部屋を後にした。そのあとクロロが何を思ったのかは、私には考える余裕さえなかった。
私の肩をつかむ手は大きかった。廊下に出て、離される。
再び強い視線で見据えられて、口をつぐんだ。レオリオは大きなため息をつく。表情とは裏腹に、発した言葉はいつも通りの口調だった。
「なんだよそのカッコは。あれか、女装が趣味か?」
「これは・・・、その」
レオリオは、私が女だということに気付いていないようだった。
うつむく私の額を指ではじいたり、接し方はいつも通りだった。言いよどむ私を見て、レオリオはもう一度ため息をつくと眉をひそめた。
「あー、もしかして俺、余計な事した?」
「え?」
「ゴンがこっちにいるってことは、おまえはあっちだろ?なんつーか、その、気になって見にきたらあんな・・・」
「・・・」
「合意の上だったなら、俺マジで出歯亀っつーか」
「違う!!」
力の抜けた体をこわばらせて、ふりしぼるように叫んだ。
余計なことは言えない。けれどそんな誤解はしてほしくなかった。
レオリオは驚いたように目を見張ったが、表情はすぐにやわらいだ。まるで安心したように。
「そか、そーだよな、うん」
「・・・このことは、その」
「わかってるって、言わねーよ」
「・・・悪い」
「つーかさ、それ。その格好」
レオリオは私に背を向けた。そしてそのまま、遠くなった声が聞こえる。
「ほんとに女みたいだな。ちょっとかわいすぎだろ、それ」
襲うなっつーほうが無理だよなあ。
でも男なんだよなあ、性格最悪の。なんか惜しいよなオマエ。
そうつぶやいて、彼は一人歩き始めた。
彼の顔は見えない。廊下に一人残される。――よかった。何故だか赤い私の顔を、見られなくてすんだ。
作戦2、・・・失敗。
ミト先生、女が男に勝つには色仕掛けしかないのなら、私は女としても中途半端ということになる。
自分自身が見えない。こんな弱気になるのは、久々だった。女なら男に守ってもらおうとか、そういう考えは一切なかった。
のちに知る。私みたいな中途半端な人間を守りたがる、物好きな男もいるってことを。
2012/03/13
もどる