STREET LIFE
歩きながら腕時計に目をやって、到着時間を逆算した。
(クラピカのところに着くのは、夜になっちまうかもな・・・。)
なんたって、3か月ぶりの再会なのだ。一秒でも早く向かいたい。
はやる気持ちを落ち着けようとしたときだった。
後ろから、なにかにぶつかられた。たいした衝撃ではない。
振り向くと、擦り切れた服を着た少年がいた。・・・裸足だ。
レオリオは小さくため息をつくと、腰をかがめて少年に顔を近づけた。
そのつもりはないのだが、どうしても顔が怖くなってしまう。癖というか、なんというか。
少年はビクッと肩を震わせる。・・・目には涙があふれていた。
「おうコラ坊主、人にぶつかったら謝りな」
「・・・・」
溢れた涙は止まることなく、ぼろぼろと下におちる。
次第にしゃくりあげるように激しく泣き始めた。
尋常な泣き方じゃない。それは見ればわかるが、普通なら関わりたくない。
見て見ぬふりをして立ち上がり、目的地へ急ぐだろう。しかし彼にとっての優先順位は入れ替わった。
「・・・どうした」
小さな頭にポン、と手を乗せた。そのあたたかさと大きさに安心したのか、少年はさらに大きな声で泣いた。
「泣いてちゃわからねえ。男だろ?話してみろよ」
ふ、と顔を緩めて微笑んだ。少年は息を詰まらせながら話し始めた。
「・・・母ちゃんが」
「ああ」
「母ちゃんが、また苦しそうなんだ!」
その言葉に、レオリオは目の色を変える。
もちろん少年はそんなことには気づかない。必死で続きを途切れ途切れに話した。
「・・・病気なんだ。うちにいる。でもお金がないから病院に行けないんだ」
「そうか」
「誰も母ちゃんのことを助けてくれないんだ・・・!」
少年の絶望する姿が、ずいぶん昔の自分の姿と重なる。
しかしすぐに頭と体を切り替えた。今すべきことは一つだ。
「・・・、わっ!?」
レオリオは少年をひょいと片手で腕に抱える。痩せ細った体は、思った以上に軽かった。
「おまえんちはどっちだ」
「ここをまっすぐだよ」
「んじゃ行くか」
「えっ!?」
「母ちゃんはどこが悪いんだ?」
「・・・わかんない。でも咳が止まらなくて」
抱えられた少年は、レオリオからかすかな消毒液のにおいを感じた。可能性を口にしてみる。
「おじちゃん」
「おじちゃんじゃねえよ、オニイサンだ」
「オニイサンは、お医者様なの」
「まあな」
「・・・、母ちゃんを診てくれるの!?」
「だからこうしてるんじゃねえかよ」
「でも・・・お金、」
「いらねーよそんなもん。そうだな、それより」
少年は言葉の続きに少なからず緊張した。
過去にもそう言われたことがあったから。お金がないなら体で払えと。妹を、こちらによこせと。
「それより、この辺のうまいもん教えてくれよ」
「・・・、え?」
「おまえの母ちゃん、料理できんだろ?郷土料理ってヤツあんだろ」
「うん、上手だよ」
「よっしゃ。自慢じゃねえが俺の嫁さんは料理できねんだよなァこれが」
「料理できない女の人なんているの」
「いるさ」
「あはは、なにそれ」
「そのかわりすんげー美人だ」
「そうなんだ」
やっと笑った。これで少しは安心させられるだろう。
話に夢中だった少年が気づくころには、彼の家へ到着していた。
・・・
自分の専門外の患者を受け持つなんて、そんなリスクを背負う必要はないんだよ。
これならほら、あれだ。あそこのドクターが得意だろ。お引き取り願おう。
大きな病院にいたころ、それが普通だった。
周りの医者が自らの保身を優先して、助かるはずの命が失われていくのを目の当たりにした。
まだ経験のない自分は何をすることもできなかった。
けれど今は違う。やっと、あのころの思いを実現できる力を手に入れたんだ。
「・・・、母ちゃん!」
とりあえずの処置を済ませると、少年の母親は目に見えて落ち着いた。
二人はレオリオを傍らに、しっかりと手を握り合っていた。
それにかすかに微笑んで、席を外して電話をかけた。
「クラピカ?あー、わりい、まだこっちなんだわ。んー、・・・ちょっとな」
最後は言葉を濁した。
すると帰ってきたのは予想通りとも予想外とも取れる返事。
「わかった。・・・しっかりやって来いよ」
クラピカは激励のような言葉を返した。
何も話していないのに、まるでこちらが見えているようだ。
「たぶんなあ、朝には行けると思うんだけど」
「馬鹿。・・・ちゃんとそばにいてやれ」
やっぱり、見えているのか。レオリオは思わずあたりを見回した。いや、そんなことはあるはずないか。
おそらく少年と母親の会話が聞こえているのだろう。まったくたいした耳だ。
大事にするもの、間違えちゃだめよ。
いつかそう言われたことがある。俺はどっちも大事だ。大切な人も、大切なことも。
それを同じくらい大切にしなくちゃいけない。それはとても難しいことだ。
しかしもう大丈夫だ。
今は自信を持って、そう言える。
携帯を閉じて、手術の提案をするため二人の元へ戻った。
「病気の子供を治して、金なんかいらねえって言ってやるのが俺の夢だった!」という夢の実現は、こんなふうだったらいいなぁ。
2011/11/21
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