ゆめかうつつか幻か





俺がクラピカのことを好きになり、彼女もまた、俺を好きだと言ってくれた。
そんな、幸せだけれど、現状を考えると、複雑としか言えない、俺たちの関係。

出逢ったばかりの頃は、クラピカのことがぜんぜんわからなかった。
俺は、他人の懐に入り込むのは得意な方だと自負していたつもりだったが、クラピカは俺を拒み続けた。
それは、こうして互いの好意を認識していても、だ。
どこか距離を置かれている。ふだんのそぶりでは見せなくても、いくら体で繋がろうとも、心の奥底では、一人になりたがる。
俺の、考えすぎかもしれない。けれど、何気なく見せる、クラピカの憂いた横顔を見てしまうと、そう思わずには、いられなかった。


だんだん。
少しずつ、二人の時間を重ねて、クラピカはよく笑顔を見せてくれるようになった。
高圧的な態度と筋金入りの頑固さは相変わらずだが、時折、意外な、子供っぽいところも、垣間見えるようになった。

なにがほんとうのコイツなのだろう。
ほんとうもなにもないが、「例の事件」を境に、俺はよく想像した。
コイツはどんな子供だったんだろう。どんな両親だったんだろう。なにを考えて、なにが好きだったのか。
将来の夢があったんだろう。友達はどんなやつだったんだろう。好きなやつが――いたんだろうか。

ほんとうは、素直なやつだったのかもしれない。
ほんとうは、強がっているだけなのかもしれない。

例の事件。クラピカの眼が、蜘蛛の元メンバーに奪われたのだ。
ゴンたちの尽力で、事なきを得たが、そこで俺は、クラピカの仲間――友人のことを知った。
名はパイロ。当時の襲撃で命を落としたが、敵の能力で、パイロの姿かたちを克明に再現した「人形」を、俺はこの目で見た。
柔らかそうな栗毛色の髪に、華奢な身体。声は穏やかで、聡明な表情をしていた。
もし、生きていたら、心の優しい青年に育ったのだろう。
何も知らない俺が言えたことではないが、きっと彼は、クラピカの「特別」だったのだろう。
それは恋だったのか。かけがえのない友情だったのか。家族にも似た絆だったのか。

俺が考えることでは、ないと思った。
このことに、俺が介入してはいけないと思った。
けれど、クラピカの口から、「パイロ」のことを聞かされる日が来た。
それが今日。4人が再び別の道を歩み始めた日から、長いようで短い数か月後。

クラピカの眼が奪われてから、少しの間共に過ごした坂の上の病院で見た、染みるような夕陽。
それと同じくらいまぶしい夕陽を背にして、クラピカはぽつぽつと口を開いた。人もまばらな、都会の中の大きな公園。
唐突であったし、必然でもあった。お互い、そのことを話さなければならないような空気を感じていた。

そこからの時間の流れは、ひどく早かった。
ひとつ、またひとつと、クラピカの昔話を聞くたびに、空の色は変わっていった。
月が上がり、星が輝く。それを二人で眺めて、芝生に座りこんで、ずっと。
こんな風景を、これからもコイツと一緒に見ることができたなら、
それはきっと、幸せなんだろうなァ・・・と、話を聞きながら、頭の片隅で思った。



パイロは、無鉄砲ですぐ感情的になる私のブレーキ役だった。
ほんとの兄弟みたいね、とよく言われたものだ。
彼は、私の一部のようだった。
だから、いなくなって、自然に私の人格にも影響が出てきた。
パイロがいつものように隣にいたのなら、こういう時、どうするのだろう。どう考えるのだろう。
あの時パイロが目薬を差し替えたように、いくつか先のことを考えなければ、これから一人きりで、生きていけない。
そうしていたら、自然に、考え方も変わっていた。パイロはいつでも私の中にいる。そう思える。



「・・・レオリオ、きみに、知っておいてほしかった」

ひとしきり話し終わり、クラピカがふと、俺の方へ顔を向ける。
そこにいつもの孤独の色はない。俺はそれが、ひどく、嬉しかったんだ。

「私と・・・私の大切な友人のことを知っている人間が、きみであってほしくて」

クラピカは、俺を、仲間を信頼している。
だから今、こうして自分のことを話している。彼女の過去を俺が共有することは、必ずしも正しいとは言えないのかもしれない。
けれど、クラピカはそれを求めた。ならば、それに応えるのが、俺のすべきことだと、思う。
なんだか、胸がいっぱいになる。クラピカと一緒にいると、それが多いのだ。
この胸の疼きは、心地よくもあるし、苦しくもある。考えてから、言葉を選んでから、口を開こうと思った。
けれど、気づいたら俺は、クラピカの肩をつかんでいた。

「なあ・・・今のおまえも、昔のおまえも、ぜんぶ、大事にしたい」
「・・・ああ」
「ほんと、まいったぜ、俺・・・おまえのこと、好きすぎて、さ・・・」

一言めは本心。二言めは、本心だけれど、自分への戸惑いでもあった。
声色は少し震えていた。いつもなら、深刻なそぶりなど見せず、できるだけ陽気に振舞うのが、俺の「役割」だったのに。
何かが起こった時に、俺が大切に思う奴らを、少しでも、自分らしく進ませてやれるように。

あーあ、今の俺、重いよな・・・。考えすぎで暗くなるのはクラピカだけで充分だっつーのに・・・。
自分の振る舞いに少し後悔して、片手で顔を覆った。
クラピカは黙りこくっていた。それが余計、不安と後悔をあおる。
辺りはもう暗い。遠くの街灯と月明かりだけが、俺たちを弱々しく照らしていた。

「レオリオ」

いつもより小さな声で名を呼ばれ、ゆっくり顔を上げる。目元に、クラピカの柔らかい髪が影を落とした。
青白く光る頬には、涙が伝っている。
まったく
こいつは
どうして俺の前だと、こんなにも、泣き虫なのかね・・・。
俺まで泣きたくなってくるじゃねえか・・・。

そんな、いつも通りの口調で、軽口をたたく余裕は、俺にもなかった。
ただただ、そこにある、自分より一回り小さい華奢な身体を、抱きしめるしかなかった。

「・・・レオリオ」

再び呼ばれ、腕に力をこめて返事を返す。
俺の肩は、クラピカの涙で濡れ続けた。


「きみに会えてよかった」


・・・よかった。
クラピカはその言葉を繰り返して、俺の背中をぎゅっとつかんだ。





2019/08/14



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