「こらーッ、リン!!」
つづれ織り 05
「な・・・っ、なんだ、どうした?」
「レオリオ、起きてたのか」
「いや・・・今ので起きた・・・なんだよ朝っぱらから大きい声出して」
春の気持ちよい朝を、レオリオは気持ちよく迎えるはずだった。
今日は日曜日で、一応休診日だ。
目が覚めて時計を見ると、まだ9時。
もう一寝入りしようと深く布団をかぶった直後だった。
「こらーッ、リン!!」
1階から聞こえたクラピカの怒鳴り声。
なにごとかと思って、レオリオは慌てて階段を駆け下りてきた。
仁王立ちのクラピカ。泣きべそをかいている「リン」。
リビングの真白な壁には大きな・・・図形?が描かれている。
そしてクレヨンが散らかった床。
あぁ、なるほど。
「・・・!うーっ、うぇ・・・パパー・・・」
リンはレオリオが来たのに気付いて、よたよたと歩いてレオリオの足にしがみつく。
「まったく、この前も壁に落書きしてダメだといったばかりなのに」
クラピカはそんなに怒ったつもりはないのだろうが、当のリンはふてくされながら泣いている。
「まあまあ、だからって闇雲に怒るだけじゃだめだぜ。悪いことは悪いって、分かるまで教えてやらなきゃ。な?リン」
レオリオはそう言うとその場にしゃがみこんで、リンを抱き上げる。
「おー、またおっきくなったか?ちょっと重いなー。
ママにごめんなさいは?」
するとリンは次第に泣き止んで、
「・・・ごめんなさい」
「ほら、言えるじゃねーか。もうしちゃだめだぞ」
リンは大きくうなづいて、レオリオの腕からぴょこっと飛び降りると、寝室の方へ走っていった。
「やれやれ、どーすっかこれ。まあでも、案外このままでもおもしろいな・・・・って、何おまえ、複雑な顔して」
「やはり私は・・・ダメなのだろうか」
「え?」
「いつまでたってもいい母親になれていない。なんだかリンがかわいそうだ・・・」
クラピカは散らかったクレヨンを片付けながら、力なくそう言った。
「ばぁーーーか」
パチン、とデコピン一発。
「リンの母親はおまえしかいないの。
・・・そんなに全部うまくいくわけないだろ?俺もおまえも、それからリンも、失敗しながらそれを支えながら、やっていけばいいんだよ。わかったらリンと仲直りしてきなさい」
クラピカは目を見開いてオレの顔を見ている。
すると観念したように笑って、
「本当に・・・レオリオには敵わないよ」
そう言って、リンを追って寝室へ向かった。
「一件落着っと。・・・・・・・あっ」
クラピカが片付けかけていた、リンの散らかしたお遊び道具。
「てことは・・・・これはオレが片付けるのか・・・」
やれやれ、せっかくの休みなのに。
生まれてくる子供が男の子でも女の子でも、名前は「リン」に決めていた。
そうして生まれたのは男の子で、瞳はレオリオと同じ、濃い茶色だった。
「やっぱり、興奮すると緋色になったりするのかな」とレオリオが聞くと、クラピカは「わからない」と苦笑した。
リンが家族になってから、毎日がめまぐるしく過ぎていく。
そしてあんなに小さかったリンはだんだん大きくなってきて、今ではレオリオの膝くらいの身長で、元気に走り回ることができる。
顔立ちはどちらかというとクラピカに似ていて、とにかく動くのが大好き。
これまたクラピカに似たのか、喋れるようになると、生意気なことを言うようになった。
「ああいうとこクラピカにそっくりだよなー」とレオリオが言うと、クラピカは何も言い返せない。
「でもさーやっぱり、かわいいところもクラピカにそっくりだよなvv」
なんと反応したらよいのか分からないので、クラピカはとりあえずいつものようにそっぽを向いた。
リンが大きくなるのと同じように、クラピカの髪も伸びていった。
出産後、伸びかけていた髪を一回もとのショートカットに戻したのだが、またのばしているようだ。
アルバムの数も増えていった。
もともとはレオリオとクラピカの、婚前の写真1枚、結婚式の写真が数枚だけだったのだが、リンの成長とともにアルバムの数も増えていった。
「親父ー・・・母さんは?」
「まだ寝てるぞ」
リンは15歳になった。
「オレちょっと出かけるから」
「どこ行くんだよ、こんな朝早く」
「オレが帰ってくるまで二人ともいてよ?じゃ」
慌ただしく玄関のドアが閉まる。
「なんだ?アイツ・・・」
リンは小学校の授業の作文で、こんなことを書いていた。
『ぼくのパパはおいしゃさんです。ママはとってもきれいです。ふたりとも、ぼくと、ぼくのともだちみたいに、すごくなかがいいです。だからぼくはふたりがだいすきです』
(びっくりするかなー・・・親父と母さん)
15歳になってもその気持ちは変わっていなかった。
今日は両親の特別な日。
自分に出来ることはなにかと考えていた。
リンが向かったのは街の花屋。
「すいませーん、朝早く・・・お願いしておいたアレ、できてますか?」
「おーリンちゃん、待ってたよ。気をつけて持ってきな」
3、4年前、なにもかもが気に入らなかった。
いわゆる反抗期。
態度や口の悪さはどんどんエスカレートしていって、ついには殴られてしまった。
今思うと、ガキだったと思う。
もちろん今もぜんぜん未熟で、なにも変わらない。
でも、もう15歳だし。
15歳には15歳なりの、けじめをつけたかった。
こうして自分の「人生」を築き上げてきてくれたのは他でもない両親だから。
「はい」
リンが二人に差し出したのは大きな大きな花束。
大きすぎて、花の向こうのリンの顔が見えない。
「ど、どうしたのだ?こんな大きな・・・」
クラピカは驚きながらもそれを受け取る。
「じゃ、出かけてくる。夜には戻るよ」
「出かけるって・・・さっき帰ってきたばっかりじゃないか。どこに・・・」
「今日は夫婦水入らずでどうぞ。――結婚記念日くらいはさ」
振り向きざまにそう言って
リンは外へ行ってしまった。
「まーったく、いいとこあんじゃねーか、アイツ」
「本当に・・・レオリオにそっくりで困るのだよ」
二人は顔を見合わせる。
とりあえず、恋人同士に戻ろうか。
レオリオはそう言うと、花束ごとクラピカを抱きしめた。
2008/06/21
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