女子力



まだ熱いコーヒーに口をつけたところで、レオリオは話を切り出した。
目の前にはセンリツがいる。

「まあ、その、なんだ。・・・クラピカのことなんだけどさ」

駅前の小さなカフェに、連絡はとっていても滅多に会うことのない彼女を呼びだしたのは理由がある。
それは十中八九、恋人のことだろう。センリツの特別な能力をもってしなくても、わかることだった。

言いづらそうにスツールごと体を傾けるレオリオを見て、センリツは母親のような笑みを見せた。
「そうね、私にわかることだったら聞いてちょうだい」
「・・・やっぱお見通しって感じだな、アンタには」

レオリオはあきらめたように笑って息をつく。
センリツは手元の紅茶に砂糖を入れ、ゆっくりと溶かしながら、レオリオの話の続きを待った。
その品のある仕草とまとう空気は、まるで英国のお茶会のようだとレオリオは思う。
狭い店内はこんなに慌ただしいのに、彼女のこの落ち着きはどこから来るのだろう。

「・・・最近アイツ、おかしいんだよ」

センリツはカップを静かに置いて、レオリオを見る。
その瞳に、なんだか弱みもすべて見透かされているように感じて、思わず目をそらして話を続ける。

「俺にやさしすぎるっていうか」
「あら、それはいいことじゃないの?」
「そりゃそうなんだけど、なんかアイツらしくないっていうか、きもちわりぃっていうか」
「あらあら」

レオリオは額に手を当てて、小さくうなだれる。
そんな彼を見て、センリツはしばし耳を澄ます。
あの時と変わらない、あたたかい彼の心音。少しの不安とイラつきが垣間見えるけど、やっぱり心地いいわ。

「アンタなら、一緒に仕事してるわけだし、心当たりあるかなと思ってさ」
「そうねえ・・・」

これは話すべきか否か。
センリツはゆっくり首をかしげて、一週間前のことを思い出した。


・・・



一週間前、ちょうどお昼過ぎのティータイムの時間。
ちょうど同じカフェに、クラピカと来ていた。
仕事以外では滅多に人を誘わないクラピカだが、心音から察するに相談事のようだ。
「それで、彼とはうまくいっているのかしら?」
と、それとなく切り出すと、クラピカは苦い顔をしながらも話してくれた。

センリツは黙って聞いている。
「ほんとあなたってかわいいわね」と素直に笑ってしまいたくなる悩み事だった。
プライドの高いクラピカに対してそんな態度はとらないが、皮肉でも嫌味でもなく、心から可愛らしいと思った。

「そうねえ・・・彼はそんなこと気にしない人だと思うわ」
「私だってそう思っている。けど・・・」
「珍しく弱気ね」
「・・・そうだな、レオリオのことになると私は途端にだめになる」

ああもう、抱きしめてしまいたい。
なんてかわいいのかしら。
いつもは気丈な貴女が、一人の男のためにこんなに弱気になって。
本当に彼のことが好きなのね。

「わかったわ。じゃあこういうのはどう?」



・・・



少しだけ迷った後、センリツは一週間前のことを話すことにした。
レオリオは身を乗り出して、話の続きを待っている。

「それで、クラピカは何を悩んでたんだ」
「女子力」
「・・・は?」

思いがけない言葉が出てきて、一瞬思考が停止する。
レオリオの認識が正しければ、その言葉は最近になって作られた造語で、至る所で男の肩身を狭くしている言葉じゃないか。

「自分には女子力が、女性らしさが足りないんじゃないかって」
「・・・」
「だから言ったの。あなたはじゅうぶん魅力的な女性よ、って」
「ああ」
「なにせ男一人を骨抜きにしてるんですもの」
「・・・あ、ああ」
骨抜きにされた当の本人は、一瞬たじろいだ。
「なかなか納得してくれなかったから、彼にうんとやさしくしてみたら?って提案したのよ。
彼女、すぐ照れるでしょう?そこがかわいいんだけど、そっけなくも感じるじゃない。だから」
「その結果がコレか?」
「そうね」
「〜っ、・・・」

レオリオは脱力して、テーブルに突っ伏した。
あらあら、彼をこんなになるまで悩ませるなんて、クラピカ、あなたいったいどんなふうに「やさしく」接したの?

「・・・ったく、あの馬鹿」

レオリオは顔を覆って、目元を緩ませながら白い歯を見せた。
その言い方は、これ以上ないくらい嬉しいようにセンリツには聞こえた。

これで一件落着、かしら?
互いのわだかまりがとけて分かり合った二人のこれからを想像すると、思わず妬けてくる。
センリツは半ばあきれながらも、残りの紅茶をゆっくりと味わった。



クラピカ、きみほどかわいくてきれいな女性はいないと思うんだよ私は。
→おまけ(このあとのふたり)

2014/03/27

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