早いもので、あれから半年。
7月。毎日暑いしか言えない。クラピカとも、何事もなくこれまでやってきた。
・・・ホントになんの進展もなく。






この街で君と暮らしたい 10







「夏祭り?」
「そ。しかも今日」
暑そうな様子なんて微塵も見せずに部屋でのんびりと読書しているクラピカの隣にどっかり座り、明らかな期待を込めて言ってみた。
しかし帰ってきたのは空気の読めない気の抜けた返事。 「・・・で?」
「で?って・・・。一緒に行きたいんだよ」

これってデートの誘いだぞ。まさかそれもわかんねえのかこの鈍感は?
いやまてよ。同棲しててつきあってるのに、デートを一度もしたことがない・・・。

クラピカがパタン、と本を閉じる。その表情はなんだか曇っていた。
「・・・嫌ならべつにいんだけどさ」
「そうじゃない。ただ、祭りはあまり好きではないのだよ。人がたくさん集まって、騒がしいから・・・少し、苦手なんだ」

確かにクラピカは文字通りのお祭り騒ぎよりも、静かな図書館で読書・・・って方がしっくりくる。
「俺と一緒なら大丈夫だろ」
「え?」
「おまえの場合ナンパとか超心配だけど、俺がいるだろ」
「・・・!」

クラピカははっとしたように顔を上げた。
同時に、鍵が閉まっているはずのドアが開いた。オレはとっさに立ち上がる。大家のおやじだった。
「やぁこんにちは。今日は夏祭りだけど、行くかい?あ、もちろん私を連れていけなんて言わないよ。そうそう、2人とも浴衣なんて持ってないでしょ?ちゃんと用意して・・・・」

「おいこらオッサン!なに勝手に入ってんだよ」
「いやぁ、私は大家兼管理人だし・・・」
そういう問題じゃねえ!

「あらぁっ、あなたがレオリオさん?主人から話は聞いてますよ。
なかなかいい男じゃないの〜」
大家の後ろから出てきたのは、見たことのないエプロン姿のおばさん。
次から次へと今日は何なんだ。

「あぁ、こっちはうちの家内。まだ・・・」
「クラピカには私の若い頃の浴衣がちゃんとあるの。ささ、こっちへ来てv」
多分クラピカは顔見知り・・・というか、母親代わりの女性なのだろう。
見る限り、あのペースには慣れているようだ。
瞬く間にクラピカは、1階の大屋宅へ連れて行かれた。

「あれね、うちの家内。騒がしいでしょ?でもしっかりものだから、安心して」
「もしかして、浴衣・・・・用意してくれてたんすか?」
「そろそろこういう季節かなぁと思ってね。慌ててタンスの中から引っ張り出したよ。
もう二十年も前のだけど、大丈夫、浴衣なんて今も昔も変わりはしないよ。
さぁ、今日くらい羽根を伸ばして、楽しんでおいで」
にっこり笑って、深い藍色の浴衣を渡された。


・・・・


「ほらほら、恥かしがってないで、出てきなさいよ」
「で・・・でもっ」
着替え終わって、玄関のドアにかじりついているらしいクラピカは、未だにその姿を見せてくれない。

「大丈夫よ、ほら」
「・・・・」
遠慮がちに出てきたのは、淡い桃色の浴衣に身を包んだクラピカ。
――掻っ攫いたくなった。
「ほー、似合うじゃないか」
「でしょ?まるで私の若い頃みたい」(※ツッコむところです)
「ほ・・・本当か?変ではないか?」
変じゃねぇよ。似合いすぎだよ。おかげでオレ、どうにかなっちまいそうだよ・・・。


「・・・祭りは、あまり好きではないのだよ」
はっと、そんなクラピカの言葉を思い出して、すっかり乗り気な大家夫婦を咄嗟に止めた。
「でもクラピカ、祭りは嫌い――・・・」
言いかけたオレの袖を引っ張って、クラピカはこう言った。
「せっかくここまでしてくれたのだから・・・、行こう?レオリオ」
確かに、オレもクラピカも、見事なまでに着付けられた。
「・・・でもさ、いいのか?」

そんなオレの心配をよそに、もちろん、と言わんばかりに微笑んで。
「おまえと一緒なら、好きになれそうなのだよ」
いつもそうだ。出会ってから今まで。
一言一言に
胸が熱くなる。


「じゃあ、気をつけて」
「レオリオさん、がんばってねー」
何を頑張るんだ、何を。アパートの窓からオレたちを見送る大家夫婦。
何だかんだで、結構得してるかもしれない、オレ。

カラン、カランとアスファルトを叩く下駄の音。
日が落ちて夕方になると、昼間よりはいくらか涼しくなって、過ごしやすい。
「・・・レオリオ、さっきからなんなのだ?じろじろこっちを見て・・・」
20cmくらい下から、クラピカが軽く睨みつけてくる。

その瞳で見られるたびに、最初はなんて生意気な小娘だと思っていた。
けど今はそれすらも、可愛い。

「いや・・・おまえ、すごい色っぽいと思って」
「・・・なっ・・・」
一瞬のうちに真っ赤になった頬を小さな手で押さえて、クラピカの歩くペースは一気に落ちた。
普段は見えない細い首筋も、後ろ髪を軽く上に結って簪をさした今ならしっかり見える。
浴衣もそうだけれど、そこに――・・・綺麗なうなじに、一番艶容さを感じた。

「あー・・・どうしよ。祭り行きたくなくなっちまった」
びっくりしてオレを見上げるクラピカの鼻先を指でつついて、
「おまえのそのカッコ、誰にも見せたくないからさ」
「・・・・ばか」


・・・なんか、本当に来なければよかったかもしれない。
「おねーちゃんかーわいい。一人?」「なんで?いいじゃん」
・・・ナンパ男どもめ。クラピカにはちゃんとオレがいるんだよ。近寄んな!
そんなセリフを、今日は何回言ったことか。

守ってやる、なんてカッコいいこと言ったけど、ちょっと疲れた・・・。
露店の並ぶ広場の人ごみを掻き分けて、神社の裏側の静かなベンチに、大きな溜息をついてどっかりと腰掛ける。
「レオリオ・・・」
隣にちょこんと座ったクラピカが、心配そうな・・・不安そうな顔で、オレを見上げる。

「・・・ゴメンなクラピカ。やっぱ帰るか?」
こんな顔させるために来たんじゃない。しかし、クラピカは。
「・・・ちがう。その・・・なんだか、私のせいで・・・」
おまえに迷惑をかけてしまった――と。
こんな顔をされたときに
こんなことを言われたときに
抱きしめたいと思うのが
恋だろうか。

「・・・ばぁか。気にすんな。それよりそんな顔すんなよ。せっかく来たんだからさ」
何事もないように、笑ってクラピカの白い頬に、手を添えた。

――無意識の行動。クラピカがオレのその手の上に自分の小さな手を重ね合わせたことも。
「・・・レオリオ・・・」
クラピカがオレの名前を小さく呼ぶのも、お互いの距離が短くなっていくのも
全ては無意識の領域。

同居人から恋人同士になって約半年。キスも未だにしてません。
別にこだわりはしない。人一倍頑固で、真っ直ぐで、潔癖で。
こんなクラピカだから。急ぐことはないと。あわててしくじって、不安にさせて傷つけたくない。
オレたちのペースで、ゆっくりやっていけばいいと。そんな風に思っていた。
そんな日も
あと5cmで
今日で
終わり・・・――

「レオリオさ―――ん、クラピカー」

つくづく
つくづくついてない。
心臓爆発するほど驚いた。
オレたちを呼ぶその声は、例のごとく、大家夫婦・・・。
せっかくのいい雰囲気が
ムードが
チャンスが・・・(涙)

「ちゃーんとやってるか不安でねぇ。見にきちゃったわよー」
「すいません、どうしてもって聞かないもので・・・」

苦笑する大家をよそに、たこ焼きの袋を持った大家夫人はオレに小さく耳打ちをする。
「レオリオさん?今日辺りかしらねぇ。
準備はちゃんとしておいたから、安心してね。
うちのクラピカはああ見えてタフだから、多少激しくても大丈夫よ」
「・・・な、なに言ってんすか!!!」
「あらぁカワイイv」
「なんなのだ?二人でこそこそ・・・」
「な、なんでもねぇよっっ」
オレたちの真上に花火が上がった。祭りももう中盤。

「クラピカ・・・上、見てみ」
星が、綺麗だった。そろそろ帰ろう、と近道になる川沿いの小道をゆっくり並んで歩いている途中だった。
秘密の近道だと、オレだけに教えてくれた。
「・・・綺麗だな」

頬にかかる金髪を耳にかけながら、クラピカは夜空を見て微笑んだ。
そんな可愛い恋人に
おまえの方が綺麗だよ
なんて、お決まりのセリフ。でもって、肩なんか抱いたりして。今度こそ・・・
「なぁ」
「なんだ?」
「・・・星よりさ、――・・・・」
後ろにゆっくりと腕を回して、ぐっと華奢な肩を抱き寄せた。
こういうのは得意なのに。なんで、クラピカ相手だと
こんなにドキドキするんだろう。

そんな挙動不審ともとれる行動に、クラピカも少し、驚いたようで。必然的に、目が合った。

――緊張する。クラピカがそばにいるだけで。・・・・・だめだ。
「・・・ぶっっ」
・・・だめだ、この雰囲気。空気。耐えられねぇ。
耐えられなくて、笑ってしまった。・・・失笑。

「な・・・っ、なんなのだ!人の顔を見て・・・失礼だぞ!」
クラピカは綺麗な眉をつり上げて、真っ赤な顔で声を荒げながら、オレの手を振り払って離れる。
――無理もない。

「ご、ごめん!そうじゃなくてさ。
・・・星なんかより、おまえの方がずっとキレイだって言ってんの」
離れた体をもう一度、今度はより強く、逃げられないように抱きしめて。
「・・・お世辞を言っても何も出ないぞ」
「ばっか。そんなんじゃねぇよ」
「本当か?」
抱き合ったまま、クスクスと笑って。自然に、そのまま唇を重ねた。
掠めるだけの、軽いキス。クラピカは真っ赤な顔で、オレを見つめた。
「・・・甘い」
「綿飴食ったからかなー」
「最初のキスが、綿飴味か?」
「嫌か?」
「・・・ううん」

困ったように笑ったクラピカがどうしようもなく可愛くて。
この想い全部を、抱きしめる腕に込めた。




つづく
ヘタレレオリオ・・・(涙