いちばん恐れていたことがおきた。
いや、想像すらしていなかった。




この街で君と暮らしたい 12





季節は秋になっていた。
夏祭りのオレの失態は忘れて欲しい。

オレたちの部屋の隣は空き部屋である。
長いこと誰も住んでいないそうだ。
だからこれからも誰も引っ越してこないのだろうと、ずっと思っていた。

「おかえりレオリオ」
日も暮れた夕方、クラピカはいつもオレより一足早く帰っている。
そして決まって、本棚によりかかって読書している。

なんだか新婚さんみたい、だと思うだろう。
最初はそうだった。
でも最近は、やっぱり毎日のことだから慣れきってしまって、クラピカがいることが当たり前になってきた。

こんな平和で幸せな同居生活が
ずっと続くのだとばかり思っていた。

しかしそれも今日までだった。




翌朝。
今日は日曜日で、オレもクラピカも休みだ。
休日は決まって掃除、買い物などを二人で分担する。

しかしあいにく空はよどんでいる。
雨が降っているかどうか確認するため、玄関のドアを開けて外に出ようとした。
と、ちょうど開けた所に人が歩いていた。
あやうくぶつかるところだった。
謝ろうと思ってその人の顔を見る。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
途方にくれる、あるいは開いた口が塞がらない。
狐につままれた。
ようはこんな感じだった。

「レオリオ、どうした?」
ドアを開けたまま固まっているオレに気付いて、クラピカはオレに駆け寄ってきた。
どうしたもこうしたも
ない。

「・・・知り合いか?」
クラピカがオレの後ろから顔を出す。
オレたちの目の前にいた一人の女性。

知り合いどころか
オレの、元彼女だった。







「・・・よう」
まさか黙ってドアを閉めるわけにいかない。
ぎこちない挨拶をした。

彼女はオレをまっすぐ見ている。
そして――気のせいだろうか、オレの後ろのクラピカに痛い視線を送っている。

「・・・驚いた。ここに住んでたんだ」
1年前と変わらない、ハッキリした声と喋り方は、
背の高さ、スタイルのよさの自信の表れである化粧、服装と比例している。
相変わらずだ。

「ああ・・・まあな。・・・なんでここにいるんだ?」
「なんでもなにも・・・私、今日からこのアパートに住むのよ」
と言って、隣の空き部屋に目を向けた。
こんな偶然はあるのか。
いや必然なのか。

どっちにしても
これまでどおりの生活は送れないのかもしれない。

「・・・新しい彼女?」
「あ・・・ああ」
新しい、という言い方がひっかかる。
彼女はクラピカに目を向ける。
気のせいじゃなかった。やっぱり「見つめる」よりも「睨む」に近い眼光だった。
クラピカももともとの性格からか、負けずと睨み返した。
そんな二人の間にいるオレの周りの空気は
重い。

「美人ね。だけどまだコドモじゃない」
「貴女もとてもきらびやかで綺麗だ。
だがたいした年の差もないくせに初対面の貴女に子供などと言われたくはない」

険悪。
最悪な雰囲気だ。
クラピカも彼女とオレの関係を聞かずとも察したのだろう。
お互い初対面のはずなのに、このやりとり。
やはり女同士は恐ろしい。

二人が睨み合う事約5分。
オレはその空気に耐え切れずに、クラピカを部屋の奥に戻して、静かにドアを閉めた。
オレとクラピカの間にも
重〜い空気が流れる。

「・・・あの女性は?」
ああ、知ってるくせに
オレに言わせるのか・・・

「・・・元カノ」
歯切れ悪く
オレは呟いた。
本当にいきなりのことだったから
少し動揺している。

クラピカは本棚から分厚い本を取り出して、
「元カノ・・・過去に、その男性の恋人であった女性のこと。1990年代後半ごろからの若者言葉・・・なるほど」
「お、おまえなんだよその本」
「現代用語辞典だ」
「・・・」

ここは・・・ツッコむところなのだろうか・・・。
しかしクラピカは冷静だ。
「そういえば・・・私は、おまえのことをあまり知らない」
それはお互い様なのだが。

「あの女性は・・・私とは正反対だな」
確かに
アイツは活発で友達も多くて、誰にも分け隔てなく笑顔で話すやつだった。

しかし別れた。
はっきり言って、いい別れ方じゃなかった。
些細なことでけんかをして、お互い意地を張って、勢いでケンカ別れした。

終わってることだから、おまえは気にしなくていい。
オレが好きなのはおまえだけだ。
なんて
言っても、クラピカがどう思うかオレにはわからない。

「・・・レオリオは」
さっきまで下を向いていたクラピカがオレの顔を見上げる。

「私だけを好きでいてくれるか?」
少し不安げに
小さい声でそう問う。

「・・・あたりまえだろ」
上手くいえなくて、とりあえずクラピカの小さな肩を、そっと抱き寄せた。
「・・・そうか」

クラピカはそれだけ言って、オレから離れた。





それから数日が過ぎた。
以来アイツとすれ違うこともない。
出かける時間が違うし、帰ってくる時間も違う。
しかし今日は、偶然にも。
学校へ行こうと出かける矢先だった。
玄関のドアを開けると、ちょうどこの前のように。
彼女がいた。

「・・・2度目の偶然ね」
「・・・ああ」
オレもコイツも
さっさと行けばいいのに
どうしてか足は止まったまま

「やっぱりまだ医大に行ってるんだ」
「ああ。おまえは・・・働いてんのか?」
「ええ。デザイナー見習いなの。小さな会社だけどね」

付き合う前から
デザイナーになりたいと、言っていた。
夢を叶えたのか。

そういえばコイツは見かけによらず努力家で
目標だけを見据えて行動する奴だった。
オレは
そんなところが好きだった。

「そっか。・・・がんばれよ」
ドアに鍵をかけながら、小さく笑ってそう言った。
そして階段を下り始める。

すると
ワイシャツの裾をひっぱる小さな力。
思わず後ろを振り返る。

「・・・アンタやっぱり変わってないね。あたしと付き合ってたころのまんまだよ。そうやって優しく笑うところ。
そうやって・・・今の彼女にも優しいんでしょ?」

いつも自信満々な顔してるくせに
弱気な
泣きそうな顔をしていた。

「・・・早く行けよ。遅刻するぜ」
顔を伏せてそれだけ言って、再び階段を下り始める。
「・・・待ってよ!」

彼女は声を荒げて、オレを追う。
やっぱり
階段でもめちゃいけない。
「・・・!きゃ・・・」
彼女は段を踏み外して、よろけた。
オレは反射的に
彼女を抱かかえる形になった。

一瞬のできごと。
そして下から人の気配。
階段の下に
クラピカがいた。

「クラピカ・・・先に行ったはずじゃ」
「・・・忘れ物をした」

クラピカから見れば
オレたちが階段の途中で抱き合ってるようにしか見えない。

クラピカは
そんなオレたちを、大きな目を更に見開いて、身動きせずに見ていた。

なんだ
なんなんだ
このドラマのような展開の数々は。

元カノとの再会。
その元カノと不慮の事故という名のラブハプニング発生。
そしてそれを目撃してしまう現・彼女・・・

「あっおいクラピカ!」

クラピカはそのままその場から走っていってしまった。
もちろんオレは追いかけようとする。

――しかし。
コイツはオレから離れようとしなかった。
「あたしの中じゃ・・・まだ終わってないよ」
そう、小さく呟いて。

いったいオレは
これから
どうなるんだ・・・




つづく