やっぱりオレたちは風邪をひいた。
無理もない。
秋とはいえ夜は冷える。
そんな中、公園で夜を明かすとは。
考えてみれば無謀だった。
だがその時のオレはそんなことにまで頭が回らなかったのだ。
情けないが。
この街で君と暮らしたい 14
それから一ヶ月。
相変わらず隣人は健在だ。
偶然クラピカと彼女がすれ違うところを見たのだが、
・・・二人ともまがまがしいオーラを出していて、とても近寄れる雰囲気ではなかった。
すれ違いざま二人はにらみ合い、そのまま反対側に歩いていった。
お・・・恐ろしい。
何回か彼女と二人で話す機会があった。
彼女は偶然を装って部屋の前の廊下で待っていたり、出かける時間を合わせたりしていた。
プライドの高い彼女がここまでするとは、正直驚いた。
オレの最後の一言はいつもこうだった。
「オレが好きなのはクラピカだけだ」
残酷だと思う。
だけど優しさを見せてはいけないと思った。
「悪いな」と謝るのも控えた。
彼女は同情されるのを最も嫌っていたから。
・・・
別れは突然やってきた。
日曜日の朝早く。
彼女はオレたちの部屋を訪ねた。
ピンポーンというチャイムの音に、玄関へ向かったのはオレ。
クラピカはテーブルに鏡を立てて髪を梳かしていた。
「・・・」
「おはよ」
クラピカはすぐさま訪問客の正体に気付いて立ち上がり、オレの後ろについた。
開いたドアから寒気が入ってくる。もうすっかり冬だ。
ドアの隙間から見えた大きなスーツケースとボストンバッグ。
まるでどこかへ旅行へ行くような――
「私ね、今日引っ越すの」
真っ赤な口紅が塗られた形の良い唇から、いつものはきはきとした声が響き渡る。
オレもクラピカも
言葉がなかった。
「ふふ、どうせここに長くいるつもりはなかったから。
仕事のチャンスが来たのよ。今よりもっと大きな会社で活躍できるかもしれないの」
夢を語る彼女の目は輝いていた。
この瞳の輝きは、付き合う前から変わっていない。
「それにね」
彼女は一歩後ろに下がり、バッグを持ち直す。
「やっと気付いたの。あたしとあんたじゃつりあわないって。
あたしはもっと、素敵な彼がいるはずだもの」
高いヒールが、コツコツと音を立てる。彼女は歩き始めた。
「もう一つ分かったわ。あんたが・・・レオリオがどれだけその子に惚れこんでるか。
目を見ればわかるわよ。そんなやっかいなライバルと闘うの、私はゴメンだわ」
彼女は振り返らなかった。
階段を下り、姿が見えなくなるまで
ぴんと背筋を張ったまま、前だけを見据えて進んでいた。
「・・・じゃあな」
その後姿をその一言で送り出す。
片手を挙げて、彼女は応えた。
これが彼女のけじめだった。
オレは知らなかった。
凛とした後姿からは想像つかないほど
彼女が顔をくしゃくしゃにして泣いていたことを。
つづく