私たちの同棲が始まって、もうすぐ1年がたとうとしている。
・・・ど、同棲というのはなんだか不埒か。
同居だな、同居。
・・・あまり変わらないか。


これまでの二人の生活を14回にわたって語ってきたのは、
レオリオばかりだったが今回は私の出番のようだ。
寒い寒い1月のある日。
こんなことがあった。






この街で君と暮らしたい 15






「レオリオ、それでは行ってくる」
「おう、気をつけてな」

先に家を出るのはいつも私。
レオリオはいつも、朝食を作ったあとのエプロン姿で私を見送ってくれる。
といっても、キッチンと玄関はほぼ繋がっている。

「うぅ、冬の朝の水はつめてェ・・・」
「そればかりはどうしようもない」

私はローファーをはきながらそう答える。
確かに蛇口から流れてくる水は食器を洗っているレオリオの手に容赦なく突き刺さっている。

「あっ、クラピカまった!!」
「なんだ」

ドアノブに手をかけた瞬間だった。
「いってきますのチュウしてない」
「・・・」

先ほど述べたように、玄関とキッチンは隣り合わせ。
しようと思えば、この位置でキスだってできるのだ。
「オレ手濡れてるから抱きしめられないけど」
「そ、そんなことまでしなくていい」
「つれねぇのー。ささ、はやくはやくvv」

レオリオはそう言って嬉しそうに微笑んで身を乗りだした。

正直
朝からこんな恥かしいことはしたくないのだが。

チュッ。

掠めるくらいの軽いキス。
それでもレオリオは喜んだ。
「帰ってきたらもっとしようなv」
「け、結構だ」

それだけ言って部屋を出た。
毎朝毎朝この調子。

――嫌ではないけれど。

ドキドキとうるさい心臓を押さえて、早足で学校へ向かった。



・・・



朝から夕方まで、授業はとてつもなく長く感じる。
べつに、集中していないわけではないのだが。

やっと下校時間。
ジャージで部活へ向かう生徒。
足早に学校を飛び出す生徒。
いつまでも教室で騒ぐ生徒。
放課後は一番騒がしい時間帯だ。

レオリオと一緒に住む前の私の放課後の過ごし方は、図書館で本を読むことだった。
この高校の図書館は案外大きく、さまざまなジャンルの本が揃っている。
私はそこが気に入っていて、真っ直ぐうちへ帰らずに、閉館時間までそこで過ごした。

しかし今は、真っ直ぐ帰ることにしている。
そう、レオリオと住むようになってから。

理由・・・・なんだろう。
べつに早く帰っても、レオリオがいるわけではない。
いつも帰りはレオリオの方が遅い。

きっと、待っているのが好きなのだ。
待っていれば必ず帰ってきてくれる。
どんなに遅くなろうとも。

だから待つことも苦痛じゃない。
そう思えるようになってきたのだ。

そして今日も。
たくさんの生徒の群れの中に混じって、下校する。
校門を出るそのときだった。

私の周りの生徒たちがざわざわと騒いでいる。
後ろからは車のエンジン音が聞こえる。

彼らにつられて、私も後ろを振り返る。
・・・そこには。

「よ。クラピカ。迎えに来たぜ」
トレードマークのサングラスをずらしながら、車の窓から顔を出す男。
――レオリオ。

「・・・な、なにをしている」
「言っただろ?迎えに来たって」
「だっておまえ学校は」
「あれ?言ってなかったっけ、今日は学園記念日で休みだって」

・・・初耳だ。

「まあいいや。ほら乗れよ」
レオリオは親指で隣の助手席を指差した。

ふと気付くと車を囲むようにしてできたギャラリー。
・・・無理もない。

「おい、アレってベンツか」
「メルセデスベンツだ」
「すげぇ、誰だよ」

私は慌ててレオリオに耳打ちする。
「お、おい、どうしてこんな高そうな車を」
「まあいいじゃんvイイ男にはイイ車をと思ってよ」

レオリオが車に乗ることは知っていたが、実際に見るのは初めてだった。
なんだか
気のせいだろうか。
多分気のせいだが

いつもよりかっこよく見える。
自信満々のその笑みも
ハンドルを握るそのたくましい腕も
着こなしているスーツさえも

「ちょ・・・っあれ、クラピカじゃない?」
「じゃああの年上の彼が恋人?」
「やだ素敵!」

ギャラリーの先頭から聞こえた、キャーキャーという黄色い喚声。
偶然そこに居合わせたクラスメイトも
このとおり。

「おーっと。女子高生たちには刺激が強すぎたかな」

バカなことを言うな。
アホがばれるぞ!

ずっとそこにいるわけにもいかず
私は仕方なく助手席へ。
「シートベルトを忘れずに」
「はいはい」
「じゃ、行くぜ」

車は軽やかに発進した。
運転するレオリオの横顔は
・・・仕方ない、この際正直に言おう。
文句なしにいい男だった。


・・・


車に乗るのは、久しぶりだ。
風が心地いい。

「・・・レオリオ、この車、おまえのか」
「んなわけないじゃん」
「では」
「レンタカーです」

まあ、そんなことだろうとは思ったが。
「イチ医大生のオレに車買う金なんてねぇって」
「なんでわざわざ」
「ほら、オレとおまえ・・・デートなんか、したことないだろ」

デートらしいデートは
したことがない。
半年前の夏祭りくらいだ。

「たまには二人で遊ぼうぜ」


もう5時過ぎだったが、レオリオは車でいろいろなところへ連れて行ってくれた。
車を止め、街を歩いてみた。

レオリオはスーツで、私は制服。
なんだか妙である。
「レオリオ、私、おかしくないか」
「オレの目がおかしくなるほどかわいいぜ」

・・・そうではなくて。私とレオリオで釣り合っているのか、ということなのだが。
私の手をひいて楽しそうなレオリオの笑顔がかわいかったので
なにも言わないでおいた。

それでもやはり、なんだか見られている気がする。
「レオリオ、周りの視線が痛い気がする」
「あぁ、あれだろ。オレたち長身カップルだから」

言われて気付いた。
レオリオは193センチ。人ごみの中でも頭一つ分飛び出るくらいの長身。
かくいう私も、171センチと、女子としては長身である。

レオリオと並ぶとまったく違和感はないが、周りからすれば「でかいカップルだ」とでも思われているのだろう。

それまでは気にしていなかった周りの声に耳を傾けてみる。

”ねえ、あの二人、モデルかしら”
”すっごいスタイルいいし・・・素敵”

「特にクラピカはとびっきりの美人だからなvv」
隣を歩いていたレオリオは、いきなり私の肩に腕を回してきた。
もちろん私は驚いて、突き飛ばしてしまった。


・・・


クラピカは制服だからな、5つ星レストランには入れないか。
レオリオはそう笑って、ショッピングモールに入っていった。

1階の脇にある、小さなスイーツ店にやってきた。
私と同じくらいの年の女子高生が、同じような制服を着て、おおぜい並んでいる。

「あそこだけ女子高生パラダイスだ」
顎に手を当ててにんまりと呟くレオリオの脇腹を肘で打った。
なんだか頭にきたからだ。

「ここのジェラートがめちゃくちゃうまいんだってさ」
レオリオは脇腹を抱えながらひきつった笑顔で言う。
その手には雑誌。
「ほらな」
確かに・・・目の前の店と同じ光景が雑誌の見開きに載っている。
口コミで大評判・・・という見出しと共に。

「しかしすごい人だな」
「並ぶ価値ありだろ」

そうして二人で最後尾につく。
女子高生も多いが、カップルも多いことに気付いた。
私たちの前にもカップルがいて、楽しそうに手を繋いでいる。

近くのベンチに座っているカップルも、笑顔でカップの中のアイスクリームをつついている。

こんな光景は、見たことなかった。
単純な話だ。
こんなところ、来たことなかったから。


「おまえ、こういうとこのスイーツ食べたことないんだろ」
「・・・」
「きっと気に入るぜ」

レオリオはさりげなく私の手を握って、笑ってそう言った。

きっとこの中に紛れていればそんなに目立つことはないだろうから
私もレオリオの手を握り返した。




「えーっと。コレと・・・コレお願いね」
「ハイ、かしこまりました」

女性店員は笑顔で答える。
これが営業スマイルというやつか。
・・・きっと私にはできないな。

「合計で1050ジェニーです」
私とレオリオは同時に財布を取り出した。
「おごらせろよ」
「いや、自分の分は自分で払う」

「デートの時はな、男に払わせるもんだぜ」
レオリオのこういうときの優しい笑顔は
非常に卑怯である。

私に有無を言わせない。
言わせてくれない。
・・・敵わない。

「お待たせいたしました!どうぞ」
カウンターに出された二つのカップ。
・・・もうできたのか。

「ほら、クラピカ」
レオリオに手渡されたカップ。
当たり前だが、冷たかった。

レオリオにつれられて、小さなベンチへ隣りあって座る。
食べたことのないものを食べるとき、なんだか緊張する。


「なんだよ、食べないの?溶けるぞ」
レオリオの指摘に、慌てて小さなスプーンに少しだけ乗せて口へ運ぶ。

「・・・おいしい」
口の中に広がる甘酸っぱさと冷たさ。
こんなにおいしいんだったら、あの行列にも納得がいく。

「クラピカのはピンクグレープフルーツと洋ナシなんだよなー。いいなー。ちょっとちょうだい」

人のものが自分のものより良く見える気持ちは分かる。
しかしレオリオは気が早い。更に恥じらいがない。

口に運ぼうとしていたスプーンを持つ手ごと掴まれて、そのまま食べられてしまった。
「んー、んまい」

「な、レオリオ、おまえ恥かしくないのかっ?」
「なにが」
「食べたいのなら自分のスプーンで・・・」
「一緒にクラピカごと食べたくなっちゃったってゆうか」

きっとこうやって食べさせあったり
人前で平気でキスをしたり、抱き合ったりするのは
たぶん、ふつうの光景なのだろう。

でも私にはその全てが信じがたく、驚きの連続だった。
レオリオはそんな私をバカにするわけでもなく
ノリが悪いと蔑むわけでもなく

私が楽しいように演出してくれている。
私が負い目や引け目を感じないように
さりげなくエスコートしてくれている。

鈍感な私でも
ここまでされれば、わかる。

こういう優しさに気付いたとき
胸が熱くなる。
好きだと、思ってしまう。

「・・・私も」
「ん?」
「私もそっちが食べたいのだよ」

ぎこちなく近づいて、小さく口を開ける。
顔は真っ赤だった。

しかしやってきたのは冷たいジェラートではなくてレオリオの抱擁だった。
抵抗する私を更に強く抱きしめて、私を「かわいい」と言った。


外はもう真っ暗だった。
おいしいものを食べて
買い物をして
服も買って

そろそろ帰ろう、とレオリオは手を差し伸べた。
私は迷わずその手を握る。


帰る家がある
共に帰る人がいる
そして愛してくれている。

「レオリオ、今日はありがとう」

レオリオが作り出してくれる、なんでもないけれど、
とびきりの幸せがつまった日常は、私のかけがえのない宝物。




つづく