「あっ、オレ・・・誕生日、過ぎてた」






この街で君と暮らしたい 16







凍えるような寒さは、とりあえず感じなくなった。
それでもやっぱりまだ春は感じられない。

進級、進学の季節。春が来た。


「・・・今なんと言った」
「いや・・・オレ、誕生日先月だった。うわー、忘れてた。知らない間に年とってた」


そのころオレは実習やら何やらでめちゃくちゃ忙しかった。
だから丸一日の休みなんてなかったし、その日が何日だろうか気にしなかった。
その間にオレもクラピカも進級していた。

クラピカももう高校2年生である。
・・・なんだか親のような気持ちだ。



「おまえ、3月が誕生日なのか」
「ああ、3月3日」
「・・・なぜ言わない」
「だから・・・忘れてたって」

クラピカは布団をたたむ手を止めて、オレに詰め寄る。
春の朝。やっぱりまだ寒い。
オレはジャージを羽織って台所で歯を磨いていた。

「なぜ言わない!そんな大事なことを」
クラピカはオレの腕を掴んで眉毛をつり上げた。
そろそろ泡だらけの口の中を濯ぎたいのだが。


「なんだよ、意外だな。誕生日とか、そういうイベントには全然興味ないかと思ってたぜ」
そう思っていた。クラピカは普通の女の子みたいに、お祭りごとが好きではないし。いわゆる恋人同士のイベントにはまったく無頓着のように見えたのだが。


「・・・クリスマスやバレンタインなどははっきり言ってどうでもいい。
だが誕生日はおまえだけの特別な日じゃないか」


特別な日じゃないか。
その言葉に、鼻の奥がツンとなるような感動をおぼえた。
こんなことを言ってくれるとは・・・


「言わなかったおまえもおまえだが、聞かなかった私も愚かだった・・・。
不覚だ」


クラピカは力なくそう言って、顔を伏せる。
オレの誕生日を、自分のことのように考えてくれているクラピカが、とにかく愛しくて、そのまま抱きすくめた。
しかし激しく抵抗された。

「こらっ、離れろ!」
「えーなんでー」
「歯磨き粉が髪につく!早くうがいをしろ!!」

忘れていた。
オレの口は泡だらけだった。





翌朝。
やっぱり朝はまだ寒い。早く温かくなってくれないものか。
カーテンからうっすら光が差し込む。部屋の中はまだ薄暗い。

今日は久しぶりの、二人そろっての休日。
そして――・・・


「クラピカー、起きろ」
「・・・ん」
「おーきーろ」
「・・・・ん〜っ」
「早く起きないとオオカミが食べちゃうぞ」

布団の中に潜り込もうとするクラピカの上に覆いかぶさってみる。
・・・予想通りの反応が返ってきた。

「・・・っ!変態!!」

バチンッ

「・・・ったく、なんだよ起きてんじゃん。おー、いてぇ」
「身の危険を感じれば誰だって目が醒める」

クラピカはカーテンから差し込む光に目を細めながら起き上がる。
そして、枕元に置かれているラッピングされた小さな箱に目をやった。
もちろん、オレが置いたもの。

「・・・レオリオ、これは?」
「とりあえず開けてみ?」

クラピカは怪訝そうに箱に手を伸ばし、ラッピングを解いていく。
蓋を開けたクラピカは、驚いた目でオレを見る。
いったいどうして?と言いたげに。もうすっかり目は醒めたようだ。

「レオリオ、これは・・・」
クラピカはさっきと同じセリフを繰り返す。
「見て分かるだろ?ピアスだよ」
「・・・なんで」
「なんでもなにも・・・、今日は4月4日だろ。
ハッピーバースデイ、クラピカ」


今日はクラピカの誕生日。
オレはちゃんと、知っていた。


「なんだよ変な顔して。いらない?」
「そうではなくて・・・・その、・・・・・ありがとう」
戸惑ったように顔を伏せて、クラピカは小さく呟いた。
その様子がかわいくて、つい笑ってしまう。

「なあ、それ、なんだかわかる?」
「?」
「じゃあヒント。4月の誕生石は?」
「・・・ダイヤモンドだ」
「そういうこと」

「・・・じゃあ、これ、ダイヤなのか?」
「もちろん」
「本物か?」
「当たり前だろ」


こんな新鮮な反応をしてくれるのなら、いくつでもプレゼントしたくなる。
贈り甲斐があるというものだ。


「くれるのか?私に」
「ああ、もらってくれよ」
「・・・贈り物をもらうのは、何年ぶりだろう」


クラピカはふと呟いた。
こんなにかわいい反応をするのは、きっとこういうことに慣れていないから。
プレゼントをもらうなんて、めったになかったのだろう。
特に、一人になってからは――


「でも・・・私は何も用意していない。おまえの誕生日はとっくに過ぎてしまったのに・・・」
「だからさ、今日、まとめてやろうぜ。二人分」



笑顔でそう言い、クラピカを抱き上げる。
定番の、お姫様抱っこで。
「さて、今日はどこに行きたいですか?姫」


パジャマのままのクラピカは、驚いたようにオレを見る。
「ん?なに?」
「・・・おまえは・・・、女にモテるはずだな」
「え?」
「女を喜ばせるのがとても上手い」


クラピカは眉をしかめて小さく笑った。
てことは
今、嬉しいのか?

「オレはおまえにだけモテれば十分だけど」

オレがそう言うと、クラピカは嬉しそうに笑った。
この笑顔が見られるなら
オレはなんだってできる。



いつものように、二人で街にでかけた。
今日くらい、おいしいもの食べたいとか、どこか遠くに行きたいとか、贅沢言ってもいいんだぜ?
そう、言ったのだが。


「公園で散歩がしたい。それと・・・レオリオと一緒に街を歩きたい」
なんて、なんて欲のない姫なんでしょうか。
一緒に街を歩きたいなんて・・・かわいいわがままだ。

レストランでケーキを食べた。
クラピカがどこからともなくロウソクを取り出してショートケーキにさし始めた。
オレは驚いて、どこから持ってきたんだと聞くと、”うちにあった”と。

周りの席からの視線が痛かったが、とりあえず二人の誕生日をささやかに祝った。



今日はずっと手を繋いでいた。
クラピカは落ち着きなく手を握りなおしたり、手を離して腕をからませたりした。

4月の風がクラピカの髪を靡かせる。
ふと見えた耳元。上品に光るピアスがクラピカによく似合っていた。

「欲しいものはないのか?」
クラピカのこのセリフは今日5回目だ。

オレは同じ言葉を返す。
「おまえがいてくれればいいや」

あっという間に日は暮れる。
空が赤く染まる頃、家路についた。






夕食は少し豪華に、誕生日にふさわしいディナーを。
せまいキッチンに二人並んで料理を作る。

クラピカの包丁さばきは、ある意味芸術的である。
だがあまりにも指を切るため、クラピカに包丁使用禁止令を出した。

小さなテーブルに乗り切らないほどの料理。
オレはワインを、クラピカはオレンジジュースをグラスについで、乾杯をする。

クラピカはグラスを傾けながらこう言った。
「こんなのは・・・久しぶりなのだよ」


おまえと一緒にいると、楽しいことばかりだな。


そう言って、クラピカは嬉しそうに笑った。
そういう顔を見るたび
頭の中がクラピカでいっぱいになっていく。




気付けばもう11時過ぎ。
寄り添いあって、談笑していた。
一緒にいると、時間がたつのが早い。


「・・・レオリオ?」
「なんだ?」
「今日はいい誕生日を過ごせた。・・・ありがとう」

オレは返事をする代わりに静かに抱き寄せて、頭を撫でる。
クラピカも素直にオレの背中に腕を回した。

「レオリオ、私は・・・おまえに、なにもしてやれない」
「なんだよ急に」
「おまえは私の喜ぶことをなんでもしてくれるのに・・・
私はなにもできない」

”おまえがいてくれればいいや”
確かにその答えはクラピカにとって納得いくものではなかったのかもしれない。
オレはもう、十分すぎるほどいろいろなものを、クラピカからもらったんだけどな。



「じゃあ、オレが欲しいもの、くれるか?」
「ああ。なんだ?」



細い体を今度はきつく抱きしめて、耳にかかる細い金髪を指に絡ませて耳元に唇を近づける。

クラピカはびくっと肩を震わせて、手に力を込める。

「おまえが欲しい・・・クラピカ」


手に入れればそれで満足し、また違うものが欲しくなる。
欲望は果てしない。それの繰り返し。それが人間。
クラピカという存在だけでオレは満足で幸せだったのに
それだけじゃ足りなくなって
自分だけのものにしたくて
クラピカの全てが欲しくなった。


わかっている。
当たり前だと。
否定できない人間の本性。
初めてだった。
ここまで本気で人を好きになったのは。

今までの恋愛だって遊びだったわけじゃない。
だけど今は
クラピカだけは
特別だと思えた。


クラピカはどうしていいかわからないのか、固まってしまって動かない。
手に取るように分かる激しい鼓動の音だけが確かに聞こえる。


オレは正直
女をその気にさせるのは得意だった。
でも
今は
緊張で手が震える。
密着するクラピカの体が予想以上にやわらかくて温かく、心臓は高鳴るばかり。

これが
本気の恋なのか。
それこそ病気のようにめまいもするし体は熱い。

「・・・レオリオ、私・・・」
抱き合っていてお互いの顔は見えない。
きっとクラピカも
いつも以上に頬を赤らめている。

「・・・レオリオが好き、だから――」

口ごもるその小さな口を
キスで塞いだ。

今までにしたことのない
とろけるような甘いキス。

クラピカは身じろぎをしたが、強引に手首を掴んで引き寄せた。
そのまま静かにクラピカを横たえる。

ゆっくりと唇を離すと、自然と視線がぶつかり合う。
せわしく呼吸をするクラピカの乱れた前髪を直してやる。

クラピカはのちに語る。
押し倒された瞬間に見上げるレオリオの顔は、とことん優しいのだと。

腕の中に閉じ込めたまま、唇を首筋に移す。
クラピカは肩を震わせて小さく声をあげた。


思えば不思議である。
格安の賃貸物件を探していただけなのに
こんなにかわいい子がオプションについていて
一緒にいるうちに好きになってしまって
抜け出せないくらいはまってしまって
オレのことを好きになってくれて
お互いの誕生日を祝い
こうしてこの部屋でセックスをする。

この部屋で過ごしたクラピカとの日々は
オレの人生そのものだった。




つづく