22歳のオレは
この年にして
クラピカの保護者として三者面談に行くことになった。
この街で君と暮らしたい 17
「・・・は?」
「だからね、私のかわりに・・・」
めずらしく大家の親父が訪れた。
そういえばここ最近顔を見ていなかった。
今日は休日だがクラピカは留守である。
図書館に行くという。本の虫め。
朝起きたらいなかった。
だからオレはひとりぼっち。
やることなど山ほどあるのだが、なんか寂しい。
そんな時だった。
「なんでオレがクラピカの三者面談に行かなきゃなんねんだよ」
「だから私はその日どうしても外せない用事が・・・」
「だいいち!どう見てもオレはピチピチの20代前半のナイスガイにしか見えねえだろ!保護者として通るか」
「大丈夫!その顔といいでかい態度といい、どっからどう見ても30過ぎだ!」
つい手が出そうだったが相手が悪い。
下手をしたらここを追い出されかねない。
それに彼に悪意はない。そういう親父なのだ。
「・・・しゃーねぇな」
こうしてオレはクラピカの「保護者」として学校へ行くことになった。
・・・
「なぁクラピカ」
「なんだ?」
「オレ、おかしくねーか」
「なにが?」
「いや・・・ちゃんとお父さんぽいか?」
「なんともいえない」
そして三者面談当日。
クラピカの高校を訪れるのはこれで3度目。
もっともまともに校内へ入るのは今回が初めてだが。
スーツをかっちり着て、ネクタイと一緒に口元も引き締める。
「しょうがねえ、ここまで来たらビシッと決めるぜ」
「頼むのだよ、パパ」
「お、おま・・・っ誤解を招くようなこと言うな!!」
周りにはオレらと同じく3年生の生徒と父親ないし母親。
オレの大声に皆何事かと振り向く。
クラピカはクラピカで、他人事のようにクスクスと笑う。
最後の一線を超えたあの日から
特にクラピカに変わった様子はない。
なんか
ぎこちなくなるかと思ったけど
そんなことはなかった。
強いて言えば
笑ってくれる回数が多くなった。
クラピカのクラスは3階の西側。やたら長い階段を上ってすぐ見えてくる3年A組。
歩きながらクラピカに問いかける。
「ところでおまえの担任てどんなんだ?」
オレはクラピカの学校生活など全く知らない。
美人の若い先生だったらいいなァ・・・なんて口走りそうになった。
あぶねぇ。
「タレ目で無精ひげの40過ぎの数学教師だ。
いつもヨレヨレの白衣を着てる。ニックネームは師匠だ」
なんだか怪しい担任である。
何よりなんでそんな妙なあだ名がついたのか。
あっという間に教室の前に着き、クラピカはドアをノックする。
「クラピカです」
「おー、入れ」
中からかすれた低い声が聞こえた。
・・・
クラピカの担任は彼女の証言どおりだった。
しかし体格もよく、背が高い。
なんだかいろんな意味でモテそうである。
「おー、じゃ座れ。もう10人目だからなー、ちょっと疲れてきた。
とっとと終わらせるぞ。で・・・あんた、コイツの親父、じゃねえよな?
いつものジイさんはどうしたよ」
なるほど全てお見通し
しかし口が裂けても「恋人です」だなんて言えない。
「とりあえず保護者代わりです」
「先生、彼は決して怪しい者ではないのだよ」
おっ、おいクラピカ!
なんだその言い方は!!
疑ってくださいって言ってるようなもんじゃねぇか!!
「ふーん・・・」
おいおい
なんか
睨まれてる。
「まあいいや。とっとと座れ」
広い教室の中、3つの机を向かい合わせて面談が始まる。
「まー、コイツは見ての通り成績はいいです」
クラピカの担任・・・通称”師匠”は、分厚いファイルをぱらぱらめくり、クラピカの個人データを机の上に広げた。
グラフや数字を見ると、なんと入学してから今まで、全てトップ。
・・・初めて知った。
「さっそく本題だが・・・やっぱ進学か?」
「・・・」
クラピカは口を閉ざしている。
一体どうしたのか。
”師匠”は顎に手を当てながらこう言った。
「まあ普段何考えてるかわかんねーおまえだが、言わんとしていることはわかる。
大学に進学したいが費用を叔父に出してもらうなんて・・・だろ?」
「・・・そうだ。奨学金を借りられても、全て賄えるわけではない。少なからず叔父さんに頼ることになる。
今だってただでさえ迷惑をかけているのに、これ以上わがままを言えない」
オレは医大を目指したとき、それがなんと無謀な挑戦だと思い知った。
初めて現実を思い知った。――世の中は金次第。
こんなときオレは口を挟めない。
自分が情けない。
教室に長い沈黙。
そのとき。
「全くもう、そんな心配しなくていいよ」
ドアの向こうから聞きなれた穏やかな声。
オレもクラピカも、後ろを振り返る。
おいおい、まさか。
「言っただろう?おまえは私がちゃんと育てるって」
勢いよく開いたドアから出てきたのは大家の親父。
走ってきたのか、額にはうっすら汗がにじんでいる。
・・・その年で無理をしないほうがいいと思うのだが。
「いやー間に合ってよかった。予定より早く終わったから来ちゃったよ」
大家の親父は笑いながら輪の中に入ってくる。自ら端から椅子を持ってきて、”四者面談”となった。
「大学に行きたいのなら行きなさい。何も心配することはない」
「・・・でも」
「でももへちまもないよ。おまえは私の娘。親として当然だ。
さて、じゃあ帰ろうか。先生、ご無沙汰してます」
「・・・あ、ああ、どうも」
「レオリオさんも、今日は悪かったね」
「・・・いえ」
一見いい加減そうで
弱気そうで
気も小さく
女房の尻に敷かれっぱなしのこの親父。
でもどこか温かい。ここぞというとき頼りになる。
――オレは嫌いじゃない。
「そうだ、せっかくだからおいしいものでも食べに行こうか」
「おっ賛成ー。クラピカ何がいい?」
「・・・ラーメン」
空は真っ赤な夕焼けだった。
3人並んで
クラピカを真ん中にして
手を繋いで
家路に着いた。
つづく