ようやく落ち着いてきた3日目の朝。
クラピカは風邪をひいた。





この街で君と暮らしたい 05






いつもどおり、クラピカはまだ布団の中。・・・・・ほんと、寝起き悪ぃ。
「クラピカー、もう7時半だぞー」

フライパンを持つ手を止めて、クラピカの枕元にしゃがみこむ。
3日も経てば、少しは慣れるもので、寝顔もまともに見られるようになってきた。

オレの声に反応して、クラピカは横になったまま、もぞもぞと顔を出す。
「・・・、・・・・・ん?おまえ、顔赤いぞ」
「・・・・熱い・・・・」

潤んだ瞳に汗ばんだ肌。ドキッとしない男なんていない。と思うぞオレは。
「・・・ちょっといいか?」
一応断りをいれてから。クラピカの額に手を当てる。
思えば、まともに「触れる」のは、これが初めてだった。

「・・・熱あるぞ」
やっぱり。
「風邪だな」

朝起きたら風邪でしたー、なんて典型的なシチュエーションだが、事実であることには間違いない。
「じゃあ今日は学校休め。いいな?」
きちんと瞳を見て、強い口調でそう言った。

ここ3日間で分かったクラピカの性格。意地っ張り。頑固。意志も強い。・・・のちのち、「寂しがりや」なんてのも追加される。
それは相当後の話である。

「・・・でも」
「ダメったらダメ。風邪はひき始めが肝心なんだよ。大人しく寝てろ!」

幼い子供に言い聞かせるように。こうでもしなきゃ、クラピカはきっと納得してくれない。それくらいは鈍感なオレでも分かる。
「・・・わかった」
小さな声でうなづく姿に、一安心。
「よし。じゃ、オレも休むからな」

そう言って立ち上がり、途中で放置したフライパンの中をそれとなくのぞく。
真っ黒だ。・・・卵が4個、パァになった。

「・・・だって・・・大学はいいのか?」
「同居人が病気だってのに、学校なんか行ってらんねーよ」
授業の遅れはいつでも取り戻せる。なんだか放っておけない。
――そう、思った。

とりあえず熱を計ると。・・・38度。
「・・・おいおい、大丈夫かよ?」
予想以上の高熱。
「メシ食えるか?」
「・・・うん」
「おかゆでいいよな?」
「うん・・・」

か弱い返事。どうしても献身的になる自分がいる。
急いで立ち上がって、冷蔵庫を開いてみても。
「・・・なんもねぇ」
おかゆすら作れない。

「ちょっと待ってろ、材料買ってくるから!」
1月だというのにコートも着ないで、サンダルで部屋を飛び出した。
階段を下りたところで、財布がないことに気が付いて、慌てて引き返した。
勢いで飛び出したのはいいけれど、まだ朝の8時。
スーパーなんてやっておらず、コンビニのインスタントのお粥を1個。
他人のために何かをするということは、なんだか照れ臭かった。

「・・・ただいま。平気か?」
二十数年も生きてるくせに、そんな当たり前のことさえ忘れていた気がする。
息を弾ませて玄関に座り込むオレを見て、クラピカは横になったまま、呆れた顔で笑った。

「・・・美味しい・・・」
ずいぶんと便利な世の中だと思う。レンジで2分も温めればお粥の一つだってすぐに出来てしまう。
「・・・まぁ、インスタントだけどな」

苦笑して、クラピカの横に腰を下ろした。もうすぐ2時。あっという間の一日だった。
「・・・もう熱下がったか?」
今日、3回目。こうしてクラピカの額に手を触れるのは。
本当は恋人同士みたいに額同士をくっつけたりしてみたかったんだけど、また殴られるのは嫌だから、自粛。

気のせいだろうか。クラピカの顔がさっきより赤いのは。
「・・・・レオリオ、ありがとう」
確かに聞こえた小さな声。目が合った。
思えば、初めて名前を呼んでくれた。初めて心から向き合ってくれた。

何年ぶりだろう
こんな気持ちになるのは。
その笑顔にやっと逢えた。
そんな気がする。




つづく