晴れてオレたちは、恋人同士に・・・なった。






この街で君と暮らしたい 09







オレの家出騒動は一瞬で終わり、あっという間に夜になった。 布団を敷く時間である。オレはささやかな期待を込めて言ってみた。

「・・・、一緒に寝る?」
すかさず飛んできた平手打ち。 コイツ・・・言葉より先に手が出るのかよ。

「いってぇ」
「そ・・っそ、そんな、淫らな・・・っっ」
本気で照れている。全力だ。女特有の媚とかが一切ない。なんだこのかわいさは。 思わずにやけたくなるのを必死にこらえて、
「じゃあこのバリケードだけ撤去。どうだ」

自分の布団の上で胡坐をかいて、辞書を積み上げたバリケードの向こう側のクラピカにそんな提案を投げかける。
「うん・・・まぁ、それならいいのだよ」
思わず、気が抜けた。
「え、いいの?」

手を伸ばせば簡単に触れられる位置なのに。オレのこと、信じてる。
ほんとに、どこまで男を知らないのか。危ないったらありゃしねぇ。
「じゃあさ、もうひとつ。手繋ごう」
抱き合ったことはあるけど、手を繋いだことも、キスも、ましてや最後の一線だって越えていない。
あわよくば、近いうちにでもそこまでの関係になりたいとか、ふと思ったり。・・・早すぎか?

真っ暗な部屋の中で、確かなのは小さな手の感触。
「あったけぇー、おまえの手」
「・・・そ、そうか?」
なんだか微笑ましいクラピカの反応にオレは小さく笑う。
「おやすみ、クラピカ」
「・・・おやすみ」
嬉しそうなクラピカの声が聞こえた。


・・・・・


「では行ってくる」
「おう、気をつけろよ」

早朝6時。
制服姿で部屋を後にする、今朝は用事があるから早く行くというクラピカを、布団に入ったまま寝ぼけまなこで見送った。
大きくあくびをして、もう一眠り。オレが起きるにはまだ時間はある。
ここ最近ずっと徹夜だったから、眠さも倍増・・・。
めざまし時計を1時間後にセットして、布団を頭まで被って目を閉じた。

「・・・ん」
目が覚めて、のそのそと起き上がり、本棚の横の壁掛け時計を見ると、
「8時か・・・。・・・・・・・・・、・・・・・8時!?」
枕元の7時にセットしたはずのめざまし時計は・・・。
「止まってる?!」
電池が切れていた。
(嘘だろ――っっ)

慌てて部屋を飛び出して、電車に乗って、坂を下る。いつもの大通りの横に、今まではわからなかったが細い道を見つけた。
いかにも「近道ですよ」といわんばかりのその雰囲気。一か八かの賭けだった。

全力で走って約3分。見えてきたのは目的地の大学・・・ではなく、クラピカの通う高校だった。
(そういやお互い近かったような・・・)

校門の前まで来ると、聞こえてきたの元気な喚声。校庭を移動するジャージの集団が見えた。
(体育か?若いってのはいーねぇ)

小走りで通り過ぎたその先に見えるのは、フェンス越しのまだ新しい校舎。
おっと、そろそろ時間がヤバイ。シャツのボタンを1つ外して、ピッチを上げたその瞬間。

「しつこい!どいてくれ」
(ク・・・クラピカ!?)
声のする方向には、フェンス越しのクラピカの姿が遠くに見えた。間違いない、あの目立つ金髪はクラピカだ。
・・・と、その近くには(多分)男子生徒。

「こんなに君のことを想ってるのに、どうしてわかってくれないんだ!」
クラピカよりも一回り大きいその男が、細い腕をぎりっと掴む。
どう見てもいい光景には見えない。考える前に、体はフェンスを越えていた。

これって高校側にしたら不法侵入になるのかとか、遅刻したらどうしようとか、そんなのはどうでもよかった。
考えるより先に体が動いてしまうのは、俺も同じかとふと思う。
「・・・レ、レオリオ!?なんで・・・」
「クラピカに触んな」
「なんだよおまえ、邪魔すんな!」

ぎゃあぎゃあ喚くソイツの胸倉を掴みあげて、迷うことなくこう言った。
「クラピカはオレの女だよ」

・・・

「驚いたのだよ・・・本当に」
「・・・・すまん」
殴りかかろうとしたその瞬間。

「レオリオ、やめろ!」
「だっておまえ・・・っ」
「これは芝居だ!」

・・・なんて。反則だよこのヤロウ。
クラピカが早く出かけたのは撮影のためか。合点がいった。しかしなにも、朝っぱらからやることないだろ。
「つーか、なんでそんな紛らわしいことやってんだよ・・・」
「すいません、僕たち彼女にどうしてもって頼んだんです。うちの部長がどうしても彼女がいいってきかなくて」 と、オレに近寄ってきたのはさっきの男とその他もろもろ。映画部だという。今のシーンは現在製作中の映画の一部らしい。
・・・一体どういう映画作ってんだよ?なんて、オレが言える立場じゃない。

つまりオレは、してはいけないことをしてしまったわけだ。
「・・・すまねえ」
自分から要らぬ恥をかいて、映画部の面々に迷惑をかけて、それどころか本当に不法侵入でつかまってもおかしくない。
それを実感してきたころに、自分のせっかちを戒めた。

「・・・レオリオ」
「ん?」
オレの腕を小さく引っ張るクラピカに目を向ける。
「たしかにおまえは軽薄でせっかちでおせっかいかもしれないが、」
「・・・」
「う・・・嬉しかった」

おまえなァ、いつも一言多いんだよ。
そうやって不意打ちでかわいいこと言ったって、ど、動揺なんかしないぜオレは。

「顔が赤いぞレオリオ」
「うっせ、おまえに言われたかねーよ」
「うるさいとはなんだ、人がせっかく素直に礼を」
「はいはい」
ついいつものように小競り合いを始めると、映画部の男子生徒は「仲がいいんですね」と一言。
俺たちはなにも言えなくなった。
帰り際、もう一度頭を下げて謝ると、
「いいですよ。それより、今度の文化祭でこの映画上映するんです。よかったら見にきてください」
なんて招待まで受けてしまった。

これも何かの縁だと思いつつ、クラピカの元をあとにする。
オレは学校へ急いだ。
そして見事に、遅刻した。




つづく