ロビンソン 03
どうして中学生にもなって参観日なんてあるんだろう。僕はそれが不思議でしょうがなかった。
高校生の結姉ちゃんが羨ましくてしょうがない。僕も早く高校生になりたい。
といっても進学はほぼエスカレーター式だし、高等部の校舎は同じ敷地内、ポートアイランドにあるわけだし、制服だってさほど変わらない。
「公開授業」と銘打ってあるが、要は参観日だ。その日は朝から放課後まで、保護者はどの授業を見てもいい。
つまり僕らは気が抜けない。まったく迷惑な話だ。
そして高確率で、我が家はそういう行事に参加する。両親お互い忙しい身だというのに。嬉しいような恥ずかしいような、むずがゆいような。
「だから、いいよ来なくて」
「意地を張るな」
「有休の使い方おかしいでしょ」
「実に模範的な消化の仕方じゃないか」
束の間の朝の団欒。
こうなったらどう転んでも僕は負ける。言い負かされる。それがわかった最近は、おとなしく身を引くことにしている。
しかし思わぬ第三勢力。
「パパが行くのはやめた方がいいと思うよ」
寝坊したのか、制服を中途半端に着て慌ただしく家の中を往復している結姉ちゃんが口を挟んできた。父さんは怪訝そうな顔をしている。
「だって、何人か引っかけてきそうだもん」
結姉ちゃんがおかしそうに、しかし真顔でそう言う。母さんも僕も顔を見合わせた。ああ、確かに、と。わかってないのは本人だけだ。
「引っかける?」
「若い女の先生とかー、お母さんたちとかー、むしろ女子生徒とかも。パパめっちゃかっこいいし、ぜんぜんおじさんに見えないもん」
「お、おじさ・・」
「だって、明彦」
父さんは面食らったように、母さんは嬉しそうに頬杖をついている。
――確かに。正直、自慢できるくらいの両親だと思う。ギリギリ30代の、とても高校生と中学生の子持ちには見えない。
まあそんなことは絶対口に出さないが。素直かつファザコンな結姉ちゃんを見習う気は特にない。
今はあんな感じの結姉ちゃんも、ひどい反抗期があった。それこそ家出騒ぎで"よりによって"警察にお世話になるくらいの。
僕はまだ。前例を見る限り、なんだかめんどくさそうだ。けれど警察沙汰になるようなことはしたくないと思う。せいぜいヒッキーどまりでいい。
なんとなく、父親に恥をかかせたくない。警察官僚の息子が警察に補導されるなんて情けない。
彼はそんなことを気にするような人ではない、そこがいいところだと中学生ながらに思うのだが。難しいところだ。
・・・
「あー、真田君」
「はい」
「公開授業に君のご両親は来るのかな」
「たぶん」
「そうか」
「・・・」
「・・・」
「小田桐先生」
「なんだ」
「もしかしなくても、母さんのこと好きだったりします?」
「・・・何を言う」
「同級生だったんでしょ」
「まあな」
「気持ちはわかります」
「・・・」
「でも父は」
「わかっている!・・・頼むから追い打ちをかけるな」
「すいません」
「いや・・・いいんだ。この歳になって独身の僕がいけないんだ」
「そういう問題ですかね・・・」
「子供にはわからない」
「ちなみに来るのは母だけですよ」
「・・・本当か」
「おそらく」
「そうか・・・」
という、先日の真田護とのやり取りを思い出しながら、小田桐は1限目の授業に向かっていた。向かう先は担任する1年C組。
今日は公開授業当日。廊下には朝早くから保護者がちらほら集まっている。そのたびに会釈をしなければならない。
教室の前で軽く息をつく。室内から漏れてくる声が生徒ではなく保護者のものだとすぐわかった。
別に期待などしていない。顔が見たいなど思わない。未練というのは何年経ってもすぐにぶり返してくる。まったく困る。
どうせなら彼女ではなく彼――父親の方が来てくれている方がまだありがたい。というのは自分でも嫌になるくらいの建前だ。
そんなことは1%たりとも思っていない。要はもう1度彼女の顔が見れて嬉しいんだ。それが本音だこの野郎。なんて情けないんだ僕は。
チャイムの音にはっとする。いつも通りに教室のドアを開けた。生徒たちは若干緊張している。かわいいものだ。
後方には予想通りの保護者の姿。ざっと見渡して軽く頭を下げる。そして僕は驚愕した。嫌でも目立つ、銀髪・長身・スーツの似合う「彼」の存在に。あろうことか目があった。
隣に「彼女」の姿はない。
「げっ・・・」
あからさまな嫌悪感の表れである下品な声を発してしまい、慌てて口を押える。本音を隠すための建前が事実になるとはなんという皮肉・・・
「ちなみに来るのは母だけですよ」。先日の真田護の発言は偽りだったのか。さりげなく前の方の席に座る真田護に目をやると、
わざとらしく教科書で顔を隠している・・・か、かわいくない・・・!!どこまで父親似なんだ君は・・・!
いやしかし、生徒指導に私情を挟むなんて教師失格だ。僕の内申書評価で彼の将来が決まってしまうかもしれないんだ。しっかりしろ小田桐秀利・・・!!
「・・・。失礼」
後方まで聞こえてしまったであろう失態を流すように咳払いをし、教壇に立った。
2012/01/05
明彦さんは老けてもかっこいいと信じて疑わない。結ちゃんはかっこいいパパが好き。ママと仲良し。
護くんは父親似。口数は少なめでもいろいろ考えて精神年齢高めです。弱いところを突かれるとすぐへこむのは子供ならでは。
二人ともかっこよくかわいいのでモテます。そこは遺伝(笑)