おまたせ


馨が手を抜いて部活しているところを見たことがない。
私は2年のリーダーとして、一応の自覚も責任もある。でも馨は私以上に、その素質がある気がする。

「さ、いくよー!」

テニスコートにはいつものように、私の声が響く。
「おー!」

それに馨が続く。
さらにほかの子たちがまちまちに声を出す。

馨のおかげで以前のぎすぎす感はなくなって、部活内は円滑に、なんとかやれている感じ。
少なくとも、居心地は悪くなくなった。

いつもと変わらない、練習だった。
コートの端の方で、ドサッという音と、小さく短い悲鳴が聞こえた。
それは一瞬のこと。

「どうしたの?!」

すぐに気付いて駆け寄ると、馨が倒れていた。
ほかの部員たちも馨を囲むようにしていた。

「あ、ごめん理緒・・・やっちゃった」
「って、もしかして足?」

馨は体を起こして座り込んだまま、申し訳なさそうに笑った。
左足首を抑えていた。

「ちょっとひねっただけだから」

それでも結構痛いはず。私もよく怪我したから、わかる。
眉一つ動かさないで、馨はなんでもなかったように笑って立ち上がろうとした。

「ちょっと、無理しちゃだめだよ!」

多分私の声が大きくて、大げさな言い方だったんだと思う。
顧問のはずの叶先生はいつも通りいなかったし、コートの上で生徒だけがざわざわと集まっていれば、
おのずと部外者も集まってくる。
外周を走ってた陸上部とかがそのままギャラリーに加わって、いつの間にか大騒ぎになっていた。

「ちょ、ほんとひねっただけだから!なにこの大騒ぎ」

馨は怪我したことよりも、そっちの方がはるかに気になってしまったみたいだ。

「いいから、軽いけがでも最初が肝心なんだよ。無理して悪化したらどうすんの!
あんたがいなくなったら困るのは私なんだから!
・・・ほら、つかまって。みんな、そっち側持って、手伝っ――」

部員に声をかけながら馨に肩を貸そうと、屈んだ瞬間だった。

あれ、馨がいない。・・・浮いた?

いつの間にかギャラリーを押しのけて入ってきた男子生徒が、馨を軽々と抱き上げていた。
この人見たことあるかも・・・。


「えっ、さ、真田先輩?!」

馨が素っ頓狂な声を上げた。
そうだ、この人ボクシング部の人だ。
・・・そういえば有名人だった。
陸上部と一緒に外周を走っていたようで、ジャージ姿だった。

周りもざわついている。
きっと彼はこういう空気――野次馬の中心にいることに慣れているのだろう。
周りを全く気にせずに、あたりを見回して、馨を抱き上げたまま視線だけをずらして私に声をかけた。

「君は部長か?」
「え、いや、代理っていうか」

嘘じゃない。部長は今日は不在だし、実質的なリーダーは私だし。

「そうか。じゃ、こいつ保健室に連れて行くが、いいか?」
「・・・はい」

すると、彼はすぐに踵を翻して校舎の方へ歩いていった。
その場に残り香さえ残さない、それくらい素早かった。

「・・・王子様みたい」

部員の一人がぽつんと言った。
よく見ると顔は赤く染まっている。

「いいなあ、槇村さん・・・私も足ひねって、真田先輩にお姫様抱っこ、されたい」


・・・


要はものすごく目立っていた。

「ちょ、お、おろしてくださいー!恥ずかしいですから!」
「なんだ、じゃあおぶったほうがよかったか?」
「それはそれでアレです!」
「どれだ」

二人ともジャージ姿。
思いのほか先輩の歩くスピードは速い。
つかつかと進んでいく。

ちなみにこれだけのスピードでも落ちる心配はなかった。
さすが、というか当然というか、その辺の男子よりも、はるかに頼りになる力強い腕だった。

進行方向にいる生徒は通り道をあけるかのように端によって、しかも全員こちらを見ていた。
・・・唖然としている。

「さわぐな!」
「だ、だって」
「次しゃべったら口をふさぐぞ」


ど、どうやって?
そんなこと聞けなかった。