輝ける星 01


私は何かに夢中になったことがない。
もちろん、恋も。

俗にいう初恋は小学生の頃だった。クラスで一番人気のあった、運動神経のいい男の子だった。
今思うと、どこが好きだったかわからない。あの頃、友達はみんな恋をしてた。
だから私も、恋をしなきゃいけないんだと思った。好きにならなきゃ、って。

そんな薄っぺらい気持ちだったから、実質16年間生きてきて、男の人を好きになったことなんてない。
別に焦りは感じてなかった。女友達同士の恋話だって、聞き役でも十分楽しかった。
もともと私は、誰かを応援するのが向いている。

中学生になってから、ちらほらと告白されるようになった。クラスメイト。先輩。部活つながりの、他校の子。
それは月光館学園に転校する直前まで続いた。けれど、1回も告白を受けたことはなかった。
以前、それが原因で友達を傷つけたことがあったから。私に告白してきた男の子は、私の友達の好きな人だった。
それを彼女が知ってしまった。よくある話だけど、あの時はどうしようもなくつらかった。自分ではどうにもできなかったこと。
その時思った。
ああ、誰かを――友達を傷つけるくらいなら、私は恋なんて、いいや。

大好きだった両親を失ってから、まだ幼い私にとっての救いは友達だけだった。
今思えば、うわべだけだったかもしれない。同情されていただけだったかもしれない。
だとしても、あの時のやさしさに救われたのは、事実だから。
私は自分の恋よりも、周りの人を大切にしようと思った。

そんな思いを、転校したこの学校でも――貫くつもりだった。

・・・

せっかくの入寮日だというのに、電車のせいで到着が遅れてしまった。幸先良くないなあ。
月光館学園。入学案内を見る限り、いろんなレベルが高そうだ。
それは校舎だったり敷地の広さだったり、知名度だったり生徒の質だったり。
土地勘のない初めての地を、地図だけを頼りに寮へ向かう。
途中で見た棺桶のようなものとか、変な色の空とかは、いつも通り、気のせいだと思うことにした。

寮に到着して、まず最初に会ったのは女の子だった。
彼女は岳羽ゆかりと言った。2年生。だったら、友達になれるかな。
それと、3年生の桐条先輩。美鶴、っていう名前がきれいだなって思った。
――署名?小さい男の子?ああ、そんな記憶もあったかな。
その日の夜は、疲れもあってかすぐに寝付けた。これからどうなるのか、今はまだ知る由もなく。

翌朝、月光館学園高等部の制服に初めて袖を通した。
うん、なかなかいいかも。やっぱ都会の高校っておしゃれだなあ。
学校への道は、岳羽さんが案内してくれた。途中、いろんな話をした。
その話の中で、「真田先輩」のことを聞いた。ボクシングが強くて?かっこよくて?ファンクラブまである。
へえ、ほんとにいるんだ、そんな人が。そう思うにとどまった。だって、興味なかった。色恋話は、私には関係ないもの。
「そのうち会えるから、さ」
彼女のその言葉の意味、その時はよくわからなかった。

・・・

あれよあれよと言う間に時間は過ぎて、なにやら大変なことになったらしい。
ペルソナ?シャドウ?ていうか入院?一気にいろんなことが起きて、さすがに混乱した。
退院早々、寮の4階に呼ばれた。まだ体はだるかったけど、頭ははっきりしている。
呼ばれた意味、なんとなく想像ついた。100%、あの夜のことだろう。
ドアを開けると、中央にみんなそろって座っていた。その中に、一人だけ知らない顔がいた。男子だった。

――きれいな人だな。そう思った。

男性に使う表現じゃないとはわかってる。言ってしまえば、初めて見るタイプだった。
自信にあふれたスタイルとか座り方とか、赤いベストとか。
もちろん、非の打ちどころのないような整った顔とかも。

不覚にも少しだけ、見とれたかもしれない。
見てて飽きない人っていうのは、こういうのかも。

「前に名前だけは言ったと思うが、彼が真田君だ」

幾月さん(だっと思う)が赤いベストの彼を私に紹介した。
小さなテーブルをははさんで、必然的に目があった。
きれいな瞳だった。薄い透き通った色も、長いまつげも、その力強さも。

「よろしくな」

その特徴的な声も、少しぎこちない笑顔も、なんだか妙に納得できた。
そのうち会えるから。今となっては遠い記憶のような、「ゆかり」の言葉。
そういうことだったんだ。つじつまが合って、隣に座っているゆかりに目配せした。
本人はいたずらっぽく笑っている。ね、だから言ったでしょ?そう言いたげに。

・・・

こうしてペルソナ能力を得た私は、SEESの一員となった。
たった一人、どうして私だけがペルソナを何体も使いこなせるのか。
今のところその答えを得るには、足繁くベルベッドルームに通うのが一番近道かもしれない。

リーダーになることに、最初は抵抗があった。でもその葛藤はたった10分くらいで消えた。
こう思ったのだ。私がやることで、誰かの――ここだと、SEESのみんなの役に立てるなら。
私のこの特別な力が、誰かのためにあるのなら。
今思えばそれは、結局は自分のためだったのかもしれない。必要とされることで、満足したかっただけなのかもしれない。

やるからは全力で。それが私の持論だった。
だから全力で戦った。戦いの中に、迷いなんて持ち込んじゃいけない。
皆に指示を出すのも、現状把握も的確な判断力も、なぜかすんなりと身に染みていた。
まるで、こうなることがあらかじめ決まっていたかのように。それを体が覚えているかのように。

戦闘メンバーに、怪我が完治した真田先輩が加わった。一緒に戦ってみてわかった。圧倒的な力強さ。
決意、覚悟が並みじゃない。だからこそ、リーダーとしては心強い戦力だった。
ただ、リーダーだからこそ先輩は扱いづらくもあった。周りを見てない。無茶する。一人でやろうとする。
最初はそれが顕著だった。まあ、なんとかなっているから時間をかけていこう。
それがその時の私の、精いっぱいの判断だった。
のちに知る。無茶な戦い方は、私にも言えることだって。

・・・

朝はよくゆかりと登校していた。
少しは、仲良くなれている気がする。ゆかりが朝練の時は、一人で登校していた。
その時に限って、校門の前で真田先輩と鉢合わせになることが多かった。ぎこちないながらも、話しながら校舎に向かった。
こういう時間を1回、2回と重ねていくうちに、少しだけ先輩のことがわかった気がした。
自分では気づかなかったけど、そのたびに笑顔の回数が多くなっていた。
「そうだ、たまにはメシでも食うか?」
ある朝、真田先輩は思い出したようにそう言った。
「ごはん、ですか」
「月曜と金曜は部活がないんだ。だいたい実習室の1階あたりにいるから。気が向いたら声をかけてくれ。じゃあな」
自然な成り行きだと思う。少なくとも、嫌われてはないみたい。

月曜日、放課後。
さて、今日はどうしよう。生徒会は、今日は特に仕事はなかったはず。
同好会も、今週はお休みだってべべからメールをもらった。
こうして言い訳をつけないと行きづらい、ってわけじゃない。
でも少し緊張して、言われた通りの場所へ向かった。
真田先輩がいるんだな、って階段を降りたところですぐわかった。
女の子が多い。どの子も浮ついた顔をしている。遠くから見ている子もいる。

ゆかりの言うとおり、確かにファンクラブは存在するらしい。・・・漫画みたい。
「槇村」
真田先輩は私に気付くと、取り巻きをするっと抜けてこちらに歩いてきた。もちろん、彼女たちは私をにらむ。
「今日は暇なのか?」
「はい」
前にも思ったことだけど、こうして学校で真田先輩と話していると、嫌というほど見られる。周りから。
私はそれが不思議でしょうがなかったし、正直うんざりもしていた。
言いたいことがあれば、はっきり私に言って来ればいいのに。少なくとも彼女たちとは、永遠に友達にはなれそうにない。

わかってる。誰一人として、性格や性根が悪い子なんていないって。恋する乙女たちは、あんなものだって。
好きでたまらない。周りが見えなくなる。周りにかける迷惑にも目がいかなくなる。
わかってるつもりだったけど、嫉妬の矛先が私自身に向けられて余裕でいられるほど、大人にはなれなかった。
別に私は「真田先輩の隣」っていう、(彼女たちからしたら)輝かしいステータスが欲しくて気に入られようとしているわけじゃない。
冗談じゃない。そんな失礼な発想、常識を疑う。

ただ、知りたかった。時々見せる、さみしそうな顔の理由を。
それはほんの一瞬、刹那的。見逃してしまうほどの。
こう見えても人の気持ちには敏感で、なんとなく気になっていた。
リーダーとして、みんなのことを知っておきたい、というのもあったし。(特に真田先輩はわかりづらい)

「・・・どうした?」
「あ、いえ」
考え事の内容が、顔に出てしまっていたらしい。顔の筋肉が少しひきつっていた。
これだから、恋なんて面倒くさいんだ。

・・・

先輩に連れられてやってきたのは、意外な場所だった。
「・・・えっと」
「なんだ?」
「ここは」
「見ればわかるだろ。ラーメン屋だ」
気づいたら、カウンターに並んで座っていた。
騒がしい店内、寒いほど効いた空調、まさに典型的なラーメン屋――はがくれだった。
意外だった。真田先輩のイメージじゃなかったから。
どちらかというと、おしゃれなイタリアンとか、カフェとか、そういうのがこわいほど似合う外見の人だったから。
制服だってきっちり着ていて、特にシャツがいつもしわ一つないのは驚いた。
鞄とか靴とか、身に着けているものもそれなりにいいものだった。
それは完璧な思い込みだったと反省した。人を見かけで判断しちゃいけないな。

「特製でいいだろ?」
メニューに目をやる前にそう言われた。
これも思ってたことだけど、彼には有無を言わさぬオーラがある。
「おじさん、特製の大盛り2つで」
先輩はさらりと注文を告げた。
「大盛り!?」
思わず声を上げた。これは、ツッコんでいいんだよね?
「大盛りくらい食えるだろ」
形のいい瞳はまっすぐに私を見つめた。・・・真顔だ。
ふと順平を思い出した。順平だったら、ここは笑うところなんだろうな。
私は恋は面倒だけど、男が嫌いなわけじゃない。
むしろ友達に男女の境なんて関係ない。順平がそのいい例だと思う。
順平ともよくこうしてご飯を食べるけど、すごく楽しい。
話してて楽しいし、何より下心なく接してくれるのが嬉しかった。
先輩は順平とは真逆のタイプ、つまり冗談が通じないんだっていうのはなんとなくわかってきた。
私の悪い癖かもしれない。こうして、先入観を持って人を分析してしまうの。

あっという間に運ばれてきたラーメン。
先輩は割り箸を割りながら口を開いた。
「なにはなくとも体力だ。おまえの能力は優れているが・・・」
話の途中なのに、つい、きれいな箸の持ち方に見とれてしまった。
そんな私の視線を知ってか知らずか、先輩はそのまま続ける。
「すぐへばるようでは、使い物にならないからな」
それはつまり、
いっぱい食べて、体力をつけて、がんばれ、ということだろうか?
「ほら、食え」
とりあえず、食べることにした。初挑戦の、大盛りを。

・・・

「すごいな、全部食べたじゃないか」
先輩は感心したように笑った。私はつられて微笑んだけど、たぶんひきつってた。
・・・胃が悲鳴を上げている。
「もう一軒行くか?」
あれかな、この人はボケ担当?
さっきから突っ込みどころが満載なんだけど。
「もう無理です・・・」
「なんだ、もうギブアップか」
確かに食べ盛りの男子高生にとっては、これくらいは普通なのかもしれない。
私も人並みに食べる方だと思ってたけど、自分の限界を知った。
「まあ、腹でも壊されたら困る。やめておくか」
先輩はいたずらっぽく笑った。
こうして無邪気に笑うところを、女の子たちは見たことがあるんだろうか。

「おまえの胃は小さいんだな。ちゃんと食べないと、大きくなれないぞ」
その口調は、まるで小さな子供をあやすような。
・・・思いっきり子ども扱いされてる。言っときますけど、1つしか違わないんですよ?
「なんだ、不満そうな顔して」
ついムッとしてしまって、顔にも出てた。
すると先輩は急に真面目な顔で――といっても笑ったりする方がめずらしいんだけど、「なあ、槇村」と口を開いた。
「俺は、おまえが女だからって順平みたいに甘やかしたりしないからな。
推薦したのは美鶴だが、俺だっておまえがリーダーに相応しいと思ったんだ。
・・・だからしっかり務めてくれよ。こっちだって、命かかってんだ」

初めて聞いた気がする。先輩のこういう気持ち。
「もちろん、俺たちも全力でやるさ。おまえのフォローだってしてやる。
なにも、おまえに一人で頑張ってもらう気はないからな」

言葉の最後にふと目があうと、やさしく微笑んでくれた。

自分が恥ずかしくなった。
先輩のことを何も知らないくせに、勝手に「扱いづらい」とか決めつけて。
そんなのはたったの一部分にすぎなかった。

確かに戦闘中に一人で突っ走るのは問題だけど、こうして気遣ってくれる。考えてくれてる。
私よりも、ずっと大人だ。

「さて、そろそろ帰るか」
「・・・はい」
店から出ると、日が暮れ始めていた。もう薄暗い。
「腹ごなしにジョギングするか」
「えっ」
「見たところ、おまえは普通の女子よりは体力があるが、鍛えておいて損はないからな。行くぞ!」
確かに、運動神経はいい方だとは思う。でも、瞬発力に自信はあっても持久力はそれほどじゃない。
しかも、先輩の次元で考えたらついていけない気が・・・。

案の定すぐにへばって、そのたびに先輩に励まされながらなんとか帰った。
不思議。タルタロスより疲れたのに、それがすごく楽しかったなんて。

2011/09/22

何気に書いた日が真田先輩の誕生日だったりします。おめでとう!
二人の気持ちの変化に焦点を当てたくて、書き始めました。