輝ける星 02
中学の時から、俺にとって女子は良い存在じゃなかった。
とりたてて嫌悪感を抱いている、という訳ではなかったが、好いた惚れただの、そういう話は興味がなかった。
なのに、寄ってくる。そばにいる。遠目で見られる。
つまりはどうでもよかった。好きだと言われても、何も言えなかった。
美紀を――たった一人の妹を失ったことは、俺にとって大きかった。
誰かを好きになることが、恋をすることができないのは、このショックがあまりにも大きかったせいかもしれない。
再び失うのが怖いからだ。
笑い話だ。ただの臆病者になっていたなんて。
しかしそれに気づいたのは、槇村馨を好きになった後だった。
・・・
退院した槇村を作戦室で待った。
顔は知っていたが、対面するのは初めてだ。
彼女が特別だということは、あの夜の屋上をモニターを通じて見て、嫌というほどわかった。
「・・・失礼します」
控えめに開いたドアから、彼女が入ってきた。
少し顔色が悪いが、なんとか大丈夫そうだ。
「馨、こっち」
岳羽が自分の隣の空席を指差し、槇村を呼んだ。
彼女の笑顔を見たのは、その時が初めてだった。
屈託のない、素直な笑顔。
どうして自分が呼ばれたのか、わかっているはずなのに。
余裕と度胸がなきゃあんな風に笑えない。
槇村は岳羽の隣に浅く腰掛けた。
全員揃ったところで、幾月さんが口を開いた。
「いやー、よかったよ。女の子にもしものことがあったら、どうしようってね。
そうだ、前に名前だけは言ったと思うが、彼が真田君だ」
「よろしくな」
とりあえずの挨拶をする。
必然的に槇村と目があった。初めての顔合わせだ。
「はい!よろしくおねがいします」
彼女は律儀に小さく頭を下げて、目を細めて微笑んだ。
女子の笑顔は苦手だった。
だいたいは媚びている。それがわかりきっている相手に笑顔を返すのは面倒だし、
次第に俺自身無表情になっていった。
久々に見た。
俺に向けられる、ほっとする笑顔。
・・・
俺が戦闘に復帰してからも、リーダーは変わらず槇村だった。
つまりは後輩の指示に従うことになる。
どんなものかと、最初は試すつもりだった。
びくびくおどおど、のろのろしているようならすぐに引きずり出してやる。
そのつもりだった。
一緒に戦ううちに、その必要はなくなった。
まず判断が的確だった。
おかげで今のところ、新人がいるにもかかわらず大きな怪我をしたものはいない。
一人ひとりを見ている。ペルソナの特徴を分かっている。
彼女は頭を使って戦うタイプだった。一番の武器はいくつも先の手を頭の中に用意することだろう。
だが引っかかることがいくつかあった。
一つは、冷静な反面、意地になりやすいということ。
戦闘中、ヒヤッとしたことが何度かあった。
身を挺して仲間をかばうことと、身代わりになることは、全然違うんだ。
それをたぶんわかってない。
リーダーのお前が欠けたら、何の意味もないんだぞ?
そして時々見せる、諦めているような、不安そうな顔。
明るい笑顔とは正反対で、やたらと気になった。
そんな槇村を見ているうちに、一つの感情が生まれた。
少し、心配だ。
・・・
時々校内で見かける槇村は、いつも笑顔だった。
そして誰かしらそばにいる。そしてその顔触れはいつも違っていた。
誰にでも好かれるタイプなんだと思う。あの笑顔を見ているとそう思う。
偶然会った校門前で、前から思っていたことを口に出した。
「そうだ、たまにはメシでも食うか?」
「ごはん、ですか」
槇村は目を丸くした。
驚かれるほどのことを言ったつもりはないんだが。
「暇なら声をかけてくれ」
「わかりました!」
嬉しいときは笑う。そんな当たり前のことを教えられた気がする。
返事を聞いて、安心した。
次の週の月曜日、放課後に槇村がやってきた。
「今日は暇なのか?」
「はい」
転校早々、生徒会やら部活のかけもちなど忙しい彼女。
時間をつくってきてくれたのかもしれないと、少し思った。
・・・
槇村をはがくれに連れてきた。
思えば、誰かと食事なんて久しぶりだ。
さて、どうしたものか。
なんとなく心配だったから、こうして誘ってはみたものの。
俺が注文した大盛り特製を、槇村は一生懸命食べている。
それが、なんだかかわいく思えた。
心配なのも、気になるのも、どこかで美紀を重ねてしまっているのかもしれない。
きっかけはあの笑顔だった。美紀もあんなふうに、嬉しそうに笑う女の子だった。
そう思ってから、槇村を見るたびに美紀を思い出した。
それがいい傾向ではないことくらい、わかっていた。
どこまでも女々しい自分に腹が立った。