輝ける星 03


私の放課後の選択肢に、真田先輩が加わった。
といっても頻繁じゃない。
例えば順平を誘うように、気軽にはいけなかった。
それはたぶん、というかやっぱり、まだ距離があいているということ。
そりゃあ、すごく仲良くなる必要は、ないのかもしれない。
けど、月曜日と金曜日は、必ず迷った。結局行かない日の方が多いけど。


その日連れられてきたのは、はがくれではなかった。
おススメの食事があるんだ、というのでついてきたんだけど。
どう見ても、牛丼・・・?

「・・・なんだその顔は」
そう言われて、悪さがばれた子供のような気持ちになった。
その顔は、って言われても。

「言っとくが、ここの牛丼はうまいんだぞ?
ボリュームだけでなく、肉にしみこむツユの量といい・・・」

こうやって、自分の好きなことを子供みたいに語るところが、すこしかわいいかもしれない。
この前も、一緒に寮に帰りながら、延々とトレーニングの素晴らしさともたらす効果について聞かされた。
普段あまり表情が変わらないから、話の内容、というよりも身振り手振りで話す姿の方が興味深かった。
なんて言ったら、たぶん先輩は怒るんだろうな。


「キャー、真田せんぱーい!」

海牛に入る寸前で、どこからともなく女の子が二人、やってきた。
私服だったけど、見覚えがあった。確か、隣のクラスの子だ。
この様子だと、ファンクラブにも入ってるんだろうな・・・。

何やらキャッキャとはしゃいでいる。私は完全に蚊帳の外。

「用がないなら、どいてくれないか。入れないんだが・・・」
「ねえねえ、せんぱいって彼女いないんですよね〜?」

出た。恋する乙女の暴走その1。人の話を聞かない。
これは私の独断と偏見だけど、だいたいあってると思う。

「・・・、彼女?」

先輩は、初めてその言葉を口にするような口調で聞き返した。
そういえば、先輩に女っ気って、あるのだろうか。
モテることは分かってたけど、自分が恋愛に疎いから、考えたことがなかった。

「ウチらも、カレシ超募集中でぇ」

こういう馬鹿っぽい話し方、なんとかならないのかな?
かわいくみられたい気持ちはわかる。ということでこれも乙女の暴走その2。

ちらちらと、視線を感じた。その目には完璧な敵意が。
ついに、直接的な被害が・・・。
こういう女同士の微妙な空気は、たぶん男にはわからない。

「・・・とにかく、通りたいんだが。用があるなら今度にしてくれ」

かわしかたがうまいな、と思った。全部本音で、悪気がゼロ。

「行くぞ、槇村」
先輩は私に目をやって促した。
「あ、はい」

二人の女子を押しのけて先輩の後に続いて中に入った。
突き刺さる視線が痛い。これは比喩じゃなくて、ほんとうに。



食事を終えて外に出ると、さっきの二人はいなかった。
まあ、待ち伏せされても怖いけど。

「な、うまかっただろ?」

この人はどこまでも自由だなあ。そう思わずには、いられなかった。
「そういえば、さっきの子たちはもしかして店に入りたかったのか?なら、悪いことをしたな」

そうつぶやいて、本気ですまなそうな顔をした。
・・・まさか、ここまで鈍い人がいるなんて。衝撃だった。

「どう考えても違いますよ」

気づかせてあげた方がいいかもしれないと思って少し強めに言い切った。
「そ、そうか」

女の子に興味がないのか、わざとそういう態度をとっているのか。

「先輩、どういうタイプが好きなんですか?」
興味本位だった。別に深く突っ込もうとか、期待したとかそういうんじゃない。
私には関係ないからこそ聞けた。


「・・・?牛丼の話か?」

長い指を顎に当てて頭をひねっている。
この人本気だ。ほんとの天然だ。
・・・もったいない。なんかかわいそうになってきた。
その長い指も、完璧なスタイルも、小さい顔も、甘い声も、ちょっと頭を使えばいくらでも女の子が寄ってくるのに。


「ああ、女の話か?」
しばらく考え込んで、ひらめいたように言った。

「好きなタイプ、と言われてもな」

困ったように笑っていた、と思ったら、ふと目を伏せて、

「そういうのは、いい。すべて抱えるほど、俺の手は長くないんだ」

独り言のようにも聞こえたし、自分に言い聞かせているようにも聞こえた。
それがどういう意味なのか、その時はまだわからなかった。


「ああ、そうだ」

海牛を後にして、並んで歩き始めた時だった。
「?、はい」

「好きなタイプは・・・」
「・・・」
「・・・・・・」


なかなか発せられない続きの言葉を待って、必然的に先輩の顔を見上げた。
目が合うと、そらされた。・・・顔が赤い。

「・・・な、なんでもない」
「そうですか」

なんでもないなら、いいんです。
前を向き直って、歩き続けた。

「・・・こういう時は、好きなタイプはおまえ、と言えと・・・」


ぼそ、とつぶやいた声に耳を疑った。
驚きのあまり先輩の顔が見れない。
そのまま進行方向に集中するしかなかった。

「――言えるか!・・・くそ、順平め」

先輩は一人でボケてツッコんで、勝手に話題を終わらせた。私は置いてけぼりだった。
順平め。先輩になんてこと言ってんのよ。

今日わかった。この人は、正直で、かわいくて、純粋。

じゅうぶん魅力的な人だ。
でも「男」として意識するのは、まだまだ先のことだった。

それすらも、恋に臆病な言い訳なのかもしれない。



・・・



順平はやたらと俺の世話を焼きたがった。
というよりは、気にかけていた。
腹が減って死にそうだ、と大げさに言う順平にせがまれて、一緒にはがくれに行った時のことだ。

「ね、真田サン」
「なんだ」

「つかぬ事をうかがいますが」
「なんだ」

「桐条先輩とつきあってたりします?」
手に持っていた水を全部こぼしそうになった。

「なにをいきなり」
予期せぬ質問だった。

「や、なーんかふたりって、仲良さげだし。ほら、お互い名前で呼んでるし」
「・・・あれは別に深い意味はない」

本当だ。美鶴を「美鶴」と呼ぶことのどこがおかしい?
・・・そうか、その理屈に沿えば、槇村や岳羽のことを、「馨」「ゆかり」と呼ぶべきか。
・・・いや、なにか違う。
それに美鶴に「真田」なんて呼ばれるのを想像すると背筋が冷たくなる。

「なーんだ、違うんすか」
「・・・俺はそういうのはいい」
「は、真田サンまさか、コッチの気が」
「違う!」
「でもおかしーっすよ、健全な18歳が女子に興味なしって」
「おまえのようにありすぎるのもどうかと思うぞ」
「ひどっ!これが普通っすよ!そうだ、馨ッチなんかどうっすか?」

その名前が出たことに、動揺を隠せなかった。
別に特に気にかけているわけではないが、いつも心の隅にいることは確かだった。
それはやっぱり、まだ気にかかることがあるからなのかもしれない。

「それは・・・槇村に失礼だろ」
「ま、ま、俺がとっておきのテクを教えますから」
「興味ない」
「そう言わずに。えーとですね、女の子から、”どんなタイプが好き?”と聞かれたら」
「・・・」
「好きなタイプは君だよ、と」
「・・・・・・」
「な、なんすかその顔はー!!本気っすよ!?」


まさか、それを聞かれる日がすぐにやってくるとは。
海牛からの帰り道、槇村は突然俺にこう聞いたのだ。

「先輩、どんなタイプが好きですか?」と。

あまりに自然な流れだったので、最初は牛丼の話かと本気で思った。
そうだな、ツユだくもいいがやっぱり基本はスタンダードな大盛りだな。
たまにセットも頼むぞ。紅ショウガは嫌いじゃないが、なくてもいいな。

が、考えているうちに「ああ、女の話か」とわかって、
そのうちに、先日の順平の言葉を思い出したのだ。

「・・・ああ、そうだ」
「?、はい」

それを思い出した途端に、口を開いてしまった。言うつもりなどなかったのに。
槇村が返事を待って俺を見上げた。
途端にいたたまれなくなって、目をそらした。

「・・・な、なんでもない」
「そうですか」

槇村はそれだけ言うと、前を向き直った。
あっさりと、追求せずに。
何事もなかったかのような槇村の顔を見ていたら、言ってしまった。
口が滑ったとはまさにこのことだ。

「・・・こういう時は、好きなタイプはおまえ、と言えと・・・」

どうしたんだこの口は。順平の戯言に何を真に受けてるんだ。
激しく後悔したが、確かに見えた。
槇村がうつむき気味に、頬を染めているところを。