輝ける星 04


「ね、馨」
「なに?ゆかり」

学校帰り、寄り道をして一緒に化粧品を選んでいるときだった。
ゆかりのつけるマニキュアはかわいくて、私も見習おうと思ったから。
かわいい色を見つけて手に取った時、ゆかりは小さな声で聞いてきた。

「馨はさ、好きな人とかいるの?」
突然ではあるけど、女子高生同士、不自然な質問ではない。
でも、ゆかりがこんなこと聞いてくるのは初めてだった。
「え?いないよ」
さらりと答えた。だってほんとうだし。
一瞬、ほんの一瞬だけ真田先輩が浮かんだのは気の迷いだと思う。
あんなこと冗談でも言われれば、誰だって少しは意識する。

「・・・そっか」
「なに?いきなり」
「べつに?そういえば馨、最近真田先輩と仲いいよね」
え、心読まれてた?的をついた名前に思わず焦った。
「そ、そうかな?」
「まあ、馨は誰とでも仲良くできるのがいいところだよね。
あっ、その色いいじゃん!馨に似合ってるよ。そーだ、あたしのおススメはねー、」

そんな感じで、その話題は終わったんだけど。
自分の小さな心の変化に、まだ気づかないふりをしていた。

・・・

私の――岳羽ゆかりの思う真田先輩は、不器用そうな人だなあって。何がって、恋に。
それ以外はほぼ完璧だと思う。まあ、タイプじゃないけど。それを確信したのが、昨日の放課後だった。

珍しく二人になったかと思えば、「槇村と順平は付き合ってるのか?」って。
それを聞いた瞬間に、「本人に聞いてください」と言いたかった。
こうやって遠まわしに私に聞くところからして、もうフラグが立ってるってことに、この人気づかないわけ?
いきなり何かと思えば、そういううわさが3年生にまで流れているらしい。
あちゃー、あの二人男友達のノリでつきあってるからなー。
馨が、まるでこだわりを持っているかのように恋愛に興味がないこと、男女関係なく接することは、なんとなく気づいていた。

それにしても、あの表情。初めて見た、あんな真田先輩の顔。
いつもはムカつくくらい冷静で、それでも納得いかないときとかは誰よりも食って掛かる。
そんな男にあんな顔させるなんて、思いつく限りだと馨しかいなかった。
別に根拠なんてないけど、私が男だったら馨に惚れてたと思うから。

そんなことがあって、さっそく馨にも探りを入れてみた。
「好きな人、いる?」って。
どうだろう、どっちも奥手っぽいからなー。
特に、なにやらトラウマありげな馨を振り向かせるのは骨が折れそう。
両思いなら、別だけど。
まあでも、いつでも協力してあげるからね、二人とも。

・・・

槇村と順平がつきあってる、といううわさを聞いたのは偶然だった。
別に俺には関係ない。関係ないが。
じゃあなぜ順平は俺に「馨なんてどうですか?」なんて言ったんだ?
俺はバカにされたのか?しかしあの順平がそんなことするか?

岳羽をつかまえて、聞いてみた。
すると、「わかりません」。ただ、こうも言われた。
「もしかしたら馨も、同じ気持ちかもしれないし」。

意味はよくわからなかったが、確かに本人に聞くしかなさそうだ。
どうしてこんなに、気になるのか。これもやっぱり、「心配」なのか?
俺自身不思議でしょうがなかった。

槇村と放課後を過ごすことにも慣れてきた。
ただ、今日はどこか寄り道をする気にはなれず、会話もないまま寮の前までやってきてしまった。
自分のコミュニケーション能力の使い勝手の悪さにはつくづく嫌気がさす。
以前は必要なかったし、気にもならなかった。
槇村といると、普段使わない感情を表に出すことが多い。
自分を知ってもらいたいのか、相手を知りたいのか。
どちらにしても、ものすごく疲れる。
ただ、仕舞い込むことは違うと思った。

「もし言いにくければ言わなくてもいい」
「・・・」

槇村の一歩先を歩いて、彼女の方へ振り返った。
赤い瞳は、まっすぐ俺を見つめている。

「おまえ、順平とつきあってるって本当か?」
「え?」
「あ、いや噂で聞いてな・・・」
「つきあってないですよ。仲は良いですけど」
「・・・そうか」
「私、彼氏とか恋愛とか、どうでもいいんです」

ほっとした、というのがいちばんしっくりくるのか。
ただ、最後の言葉は、どこか投げやりに聞こえた。

「悪かったな、変なことを聞いて」
「・・・でも」

手を伸ばせば、ぎりぎり触れられる距離を保っていた。
つかず離れず。いつもそういう距離で接していた。
いわゆる「ふつう」の距離だ。

槇村はふと目を伏せた。
長いまつげが頬にかかる。

「先輩には、そういう誤解、してほしくないかも」

伏せられた顔からは表情が読み取れなかった。
それはどう受け取ったらいいのか、俺にはわからなかった。

一瞬の沈黙が流れた。
槇村はすぐに顔を上げて、いつもの笑顔を俺に向けた。

「そうだ、お腹へりません?」
「あ、ああ、そういえば、そうだな。何か食べたいもの、あるか?」
「甘いものがいいな!」
「ああ、たまにはそれもいいな」

槇村に、美紀を見てしまっているのか、本当に心配なだけなのか。
この日を境に、自分のことも槇村のことも、よくわからなくなっていった。

・・・

「おまえ、順平とつきあってるって本当か?」
寮の前で、何やら言いづらそうに口を開いたと思ったら。
なんでよりによって、真田先輩にそんなこと聞かれなくちゃならないんだろう。

どうしていつもこうなんだろう。
ちょっと男の子と仲がいいだけで、つきあってる、って疑われる。
高校生にもなってそんな体験するなんて、呆れた。
「私、彼氏とか恋愛とか、どうでもいいんです」
放った言葉は、自分でも驚くほど不機嫌だった。

「・・・でも」
つい顔を伏せた。先輩の足元が視界の端に移った。
いつもピカピカに磨かれた靴に、無駄にいい姿勢。
どこまでも先輩ぽくてなんだかほっとした。

「先輩には、そういう誤解、してほしくないかも」

言った後に後悔した。
私は何を言ってるんだろう。でも、たぶん、ほんとの気持ちだ。

なんでよりによって、真田先輩にそんなこと聞かれなくちゃならないんだろう。
どうしてほっといてくれないんだろう。
気にしてくれなくていいのに。気を遣わなくていいのに。
そういうのは、苦手。必要以上に踏み込まれるのは苦手。

・・・踏み込まれたくない相手だから?
別に好きなわけじゃない。異性としてなんて見てない。先輩として慕ってる。
そうだ、ただ無駄な心配とか心労をかけたくなかった。・・・それだけ。

一瞬で気持ちを整理して、頭を切り替えた。
いつもの笑顔で、顔を上げた。
「そうだ、お腹減りません?」
この日を境に、自分の気持ちを自分でコントロールするのが難しくなってきた。