輝ける星 05
意地のようなものだった。
認めたくなかっただけなんだと思う。まだ小さなこの気持ちを、育てていこうなんて気にはならなかった。
ぎこちなくなるのがいやだったから、いつも通りに接した。
そして自分にも言い聞かせていた。
なのに、どうしてそうやって、私の中に入ってくるんだろう。
「ここが人気だと聞いてな」
やってきたのは、甘味処だった。
ゆかりとよく来るお店だった。
先輩がこの手の店に入るなんて、どういう心境の変化なんだろう。
なんて、野暮なことは口にせず。にこにこしながら後をついていく。
私にとってはそれだけで十分だった。
「こ、ここは・・・男が入ってもいいところなのか?」
なにそれ。本気?
ついおかしくて、声を出して笑ってしまった。
こういう愛すべきところを、いっぱい持ってるなんて、反則だよね。
「・・・笑うな」
「ごめんなさい、えと、全然オッケーですよ。ふつうに男の人いますから」
「そ、そうか。・・・じゃあ、行くぞ」
未知なるものに挑戦するその気概、うん、いいと思いますよ?
店に入って、向かい合って座る。はがくれも海牛もカウンターだから、なんだか新鮮。
先輩はメニューを広げた。眉間にしわ寄ってますよ。
「・・・・」
「どれにします?」
「・・・さっぱりわからないんだが」
「白玉クリームみつまめとかおいしいですよ。あとは小豆抹茶シュガートーストとか・・・」
「と、とりあえずおまえに任せる」
そして、予想通りの結末になった。
店から出ると、先輩はげんなりしている。
「・・・甘かったな・・・」
「そうですか?いつもどおりおいしかったですけど!」
ついつい笑みがこぼれる。最近来てなかったから、ちょっと嬉しかったり。
「ならよかった。・・・おまえが甘いものが好きなようだったから」
そうやってふと見せるやさしい笑顔が、どれほど私にダメージを与えてるか、これっぽっちもわかってないんだろうな。
覚えててくれたんだ。この前言ったこと。
意外と、マメなのかな。
「それにしても、砂糖の塊のようだったな。スナック菓子くらいだったら、たまに岳羽がくれるんだが。
これ以上食べるとヤバい、とか言って押し付けてきて・・・」
ラウンジでの二人のやり取りが目に浮かんで、ゆかりらしいなと思った。
やばいと思いつつ、食べちゃうんだよね。わかるよ、ゆかりー。
それにしてもチョコとかポテチとか食べてる先輩、まったく想像がつかない。
「あっ、真田せんぱあい」
この時の私の心のつぶやきは、上品ではないが「げっ」だった。
少なくとも会いたい人たちではない。
振り向かずともわかった。以前、海牛にいた二人組だ。
わざとしか思えない仕草で私を押しのけて、真田先輩にすり寄るように近寄った。
「またここで会っちゃうなんて、ユッコ幸せかもー」
「てかなんで、伊織の彼女といるんですか?」
「マジ、男あさんなって感じ」
向けられた冷たい視線。
誤解にもほどがある。たぶん言っても聞いてくれないんだろうな。
一瞬で判断して、とりあえず目を合わせないようにして黙ることにした。
流れた微妙な空気。
先輩が口を開いた。
「見てわかるとおり、俺は今槇村とここに来てる。
用があるなら今度にしてくれないか?」
言い終わると同時に、なんと手をつかまれた。
思わず「えっ!?」と出かかった。かわりにパッと顔を上げる。
「行くぞ」
二人のさらに冷たい視線を感じながら、手を引かれるまま歩いた。
こういう行動が、ああいう子にとってさらに刺激を与えるって、たぶん先輩はそこまで考えてない。
でも、そんなことどうでもよかった。だってどうでもよくなるくらい、嬉しかったから。
そのまま歩いて、寮の前まで帰ってきた。
初めてつないだ手は皮手袋越しだった。ドキドキするのは、女子なら不可抗力だよね。
「今日は楽しかった。――そういえば、料理部に入ってるんじゃなかったか?気が向いたら、今度作ってくれ」
「はい。なにがいいですか?」
「ホットケーキがいいな。好きなんだ」
懐かしそうに細められた瞳。
吹いた風が、熱い頬に心地よかった。
・・・
「マジ、男あさんなって感じ」
女同士のことはよくわからないが、いい空気ではないことくらいわかった。
槇村は気まずそうに黙っている。
短い沈黙。
俺は槇村にこんな顔をさせたいために、一緒にいるんじゃない。
気が付いたら彼女の手を取ってその場を離れていた。
掴んだ手首は、思ったよりも細かった。
その手を下に滑らせて、そのまま手をつないだ。
その方が、歩きやすかったからだ。
・・・
そのまま、寮の前まで歩いてきた。
立ち止まり、静かに手を放した。
「・・・すまん、手、痛くなかったか?」
今更気づいた。固い皮手袋をしたまま、女性の手を引っ張るもんじゃなかったと。
「大丈夫です。・・・ありがとうございました」
槇村は恥ずかしそうにそう言った。
礼を言われるほどのことはしていない。むしろ、勝手なことをしてしまったと思っていた。
いつもそうだ。考えているつもりで、頭よりも体が先に動く。今回だってそうだ。
ただ、槇村の笑った顔を見ていると、そんな自分も好きになれる気がした。