輝ける星 09
私の悪い癖かもしれない。こうして、先入観を持って人を分析してしまうの。
それは自分にも言えることだった。思い込みが激しい。ダメだと思ったらすぐあきらめる。
そういう保守的な戦略もアリかもしれない。
でも恋愛においてはただの負けだった。
「もう、何も失いたくないんだ」
屋上は気持ちのいい風が吹いていた。
けれど今の私には、快適には感じられなかった。
先輩は手すりに手を置いて、遠くを見ながらそう言った。
なにも、うしないたくない。
それは私だって、同じだ。
けど、自分ではどうしようもできないことだってある。
物理的にはなれる距離だったり、消える絆、届かない気持ち。
諦めながら生きてきた。それを繰り返していけばいいと思ってた。
今回だって、そうだ。
先輩を好きでも、この気持ちは届かない。
だったらあきらめるしかない。
そう、思った。
けど、今までのどんなことよりも、つらくて苦しい決断だった。
「失いたくないから、大事なものは・・・守る。・・・おまえも、俺が守る」
先輩の顔を見ることはできなかった。
けど言葉の一つ一つが耳に響いた。先輩が拳を握りしめる音が聞こえた。
「おまえが俺の前で笑ってくれなくなってから、つらかった」
その言葉に顔を上げた。
すると、目があった。もう、そらせなかった。
初めて見たときから思ってた。きれいな瞳だって。
そのまっすぐな視線の先に私を映してくれることが、いつも少しだけ嬉しかった。
「正直言うと、おまえの笑顔が、美紀とかぶったこともあった・・・」
でも今は、つらそうにその瞳を細めている。
そんな顔を、見たくはなかった。
つらい思いをさせたくはなかった。
「けど、今は違う」
二人の間の距離が、縮まった。
先輩の踏み出した一歩は、大きかった。
こわかった。そうやって、踏み込まれるのが。結局は拒まれるのが。
だからその一歩は、私にとって大きかった。
理由もなく、涙が流れているのがわかった。
恥ずかしかった。
人前で泣くことは、自分の弱さを認めてしまうような気がしたから。
慌てて下を向いて、袖口で乱暴にぬぐおうとした。
その手を取られた。今気づいた。手袋をしてない。
大きなその手は、あたたかった。悲しいくらいに。
そのままぐっと引き寄せられて、涙でぬれた頬を両手で包み込まれた。
目元にふれる指先も、そこから伝わる体温も、すべてが信じられなかった。
そのまま顔をあげられて、必然的に目があった。
その時の先輩の顔を、たぶん私は一生、忘れないと思う。
「もう一度、笑ってくれ・・・馨――」
そのきれいな瞳に私を映してくれることが、いつも少しだけ嬉しかった。
もう自分にうそをつけなかった。
初めて呼んでくれた名前も、表情から伝わった、痛いくらいの真剣な気持ちも。
私だけを見ていてほしい。
それをどうしてもつたえたくて、あふれる涙を我慢しながら、
心からの笑顔を先輩に向けた。
「・・・すきです」
言おうと思って言ったんじゃない。
今まで笑えなかった分が、言葉になった。
どうしようもなくて、目の前の広い胸にしがみついた。
「だいすきなんです・・・」
今までの私なら、一歩引いていた。
困らせるのが嫌だから。いつも受け身だった。
だから今も、困らせてしまっているかもしれない。
けれど、この気持ちは止められなかった。
震える背中をさすられた。そのまま抱きしめられて、耳元で先輩の声が響く。
「・・・先に言われてしまったな」
その声は、いつもの、少し照れくささの混じったやさしい話し方だった。
「俺も、おまえが好きだ」
恋愛なんて面倒くさかった。
それは結局、逃げていた。自分の弱さから。
遠回りをしながら結ばれた絆。
もう、あきらめたくはない。